遺産の中に不動産が含まれている場合、遺留分の計算や請求はより一層複雑になります。
特に、不動産の評価方法の選定や、請求された側の対応については誤解も多いため、正確な知識が求められます。
本記事では、不動産を含む遺産の遺留分について、計算方法・評価方法・請求方法を詳しく解説します。
1. 【改正民法】遺留分侵害額請求は現金で請求する
2019年の民法改正により、「遺留分減殺請求(いりゅうぶんげんさいせいきゅう)」は「遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)」という呼び方に変わりました。
名称が変わっただけでなく、中身も変わりました。特に、遺留分の請求は「物の返還」ではなく「金銭での請求」に一本化された点が重要です。
これにより、不動産を直接分けたり取り戻すのではなく、評価額に基づいて金銭を請求することになったのです。
2. 遺産に不動産があるときは「評価額」で計算する
不動産は、預貯金などのように、客観的な金額が明確に決まっているわけではありません。
そのため、遺留分を計算する際、不動産は、「不動産の評価額」に換算して計算します。
その際の評価方法には複数あり、どの方法を用いるかで遺留分の金額が大きく異なることがあります。
3. 遺産に不動産があるときの遺留分の計算の流れ
手順①:自分に遺留分があるか確認する
まずは、大前提として、自分が遺留分権利者に該当するかを確認しましょう。
遺留分があるのは、被相続人の配偶者、直系卑属(子ども・孫)、直系尊属(父母・祖父母)です。被相続人の兄弟姉妹や甥姪には遺留分がありませんのでご注意ください。
手順②:相続開始時に有していた財産を確認する
預金・不動産・株式など、被相続人が持っていた財産をすべて洗い出し、一覧化します。借金なども含め、プラス・マイナス両方の財産を網羅的に確認します。
この過程で、不動産の登記事項証明書、通帳の履歴、証券会社の取引明細などの書類を収集しておきます。
預貯金のなどの財産は、基本的に“被相続人の死亡日”を基準にして計算します。
手順③:生前贈与や遺贈された財産を加えて計算する
被相続人が生前に特定の人に対して財産を贈与していた場合、それも相続財産に加算して遺留分を計算します。
手順④:被相続人の借金は控除する
遺産総額からは、借金や未払金などの債務を差し引く必要があります。
手順⑤:総体的遺留分額を算出する
上記で算出した純資産に総体的遺留分割合を乗じて、相続人全体の遺留分を算出します。
総体的遺留分割合は、
- 相続人が直系尊属のみで構成される場合には1/3
- それ以外の場合には1/2
と決まっています。
手順⑥:個別的遺留分額を算出する
相続財産の純資産額に対し、配偶者・子などの法定遺留分割合を掛けて、個々人の遺留分を算出します。
手順⑥:侵害されている遺留分を計算する
最後に、自分が実際に取得した財産と遺留分の金額を比べて、遺留分が侵害されているかを確認します。侵害されていれば、請求が可能です。
4. 遺産の不動産の評価方法5つ
遺留分の金額は、不動産の評価方法によって左右されます。以下の5つが代表的な評価方法や評価基準です。
(1)時価(実勢価格)
時価とは、実際の不動産市場において売却されると見込まれる価格です。近隣の類似物件の売却事例や、不動産業者の査定などを基に判断します。
最も現実的な価格ではあるものの、時点や根拠によって大きく変動するため、争いのもとになりやすい評価方法でもあります。
(2)公示価格
国土交通省が毎年発表する土地の価格です。毎年定められた場所の価格が公表されるため、地価の変動が分かりやすく、土地の売買や資産評価の目安として活用されています。実勢価格に近い金額になりやすい評価基準です。
(3)路線価
国税庁が毎年公表する路線価は、相続税や贈与税の算定に用いられる評価基準です。
主に市街地にある土地について道路に面する価格が示され、固定資産税評価額よりも高い傾向があります。一般的には、時価の80%程度とされています。
(4)固定資産税評価額
市町村が課税のために決定する評価額で、固定資産税の基礎になります。評価額は時価の70%程度であることが多いとされています。
(5)不動産鑑定評価額
不動産鑑定士による鑑定評価額は、法律上の専門家が根拠ある方法で算定した評価額です。信頼性が高く、訴訟等の証拠資料としても有用ですが、鑑定には数十万円の費用が発生します。
5. どの評価方法を採用すべきか?
評価方法の選択は請求する側・される側の立場で異なります。適切な評価方法を選び、交渉に臨むことが重要です。
(1)遺留分を請求する側は「できるだけ高い評価方法」で請求したい
遺留分侵害を受けた側(遺留分侵害額請求をする側)は、自身が受け取る金額を増やすために、不動産の評価額をできるだけ高く見積もろうとする傾向があります。
たとえば、不動産会社に査定を依頼し、より高く算定された時価を主張することなどが考えられます。
(2)遺留分を請求される側は「できるだけ低い評価方法」で反論したい
一方、遺留分を請求された相続人や受遺者は、支払額を抑えるため、固定資産税評価額などを基準に、低めに算定した金額を主張することが多いでしょう。
(3)交渉や調停では中間をとることも多い
実務では、双方の主張の中間値を取ることで合意したり、訴訟上の和解に至ることも少なくありません。
(4)不動産鑑定も選択肢の一つ
どうしても意見が一致しない場合は、不動産鑑定士に依頼して専門的な評価を得ることで、厳密かつ客観的な評価額を出すことも考えられます。
鑑定結果が示されれば、裁判所も基本的にはその金額を基準に判断を下すことになるでしょう。
6. 不動産があるときの遺留分は評価額で揉めやすい
このように、不動産は評価方法によって大きく金額が変動します。評価の選定次第で数百万円の差が出ることもあります。
その金額の差が最終的な請求額に反映されるため、遺留分請求における最大の争点になりやすいのです。
7. 請求された側に現金がない場合はどうする?
さて、相続財産の大部分が不動産であった場合などは、請求された側に現金がほとんどないという事態も想定されます。このような場合、遺留分請求にどう応じるかが問題となります。
(1)不動産で遺留分を返してもらうことはできるか
冒頭でも述べたとおり、遺留分侵害額請求は金銭で行うのが原則ですが、当事者間の合意があれば不動産での返還も可能です。
ただし、共有名義となるリスクがある点には注意が必要です。
(2)不動産しかなくて請求された側が払えない場合はどうなる?
正当な遺留分侵害額請求には応じなければならず、認められた金額は一括で払うのが原則です。
請求された側が、請求を無視した場合、最終的には不動産を差し押さえられて競売に掛けられることもあり得ます。
請求された側に現金がない場合の現実的な対応策としては、
- 不動産を売却して金銭を捻出する
- 分割払いで対応してもらうようお願いする
といった方法が考えられます。このように、交渉次第では支払い方法に柔軟性を持たせることも不可能ではありません。
8. まとめ|不動産相続で困ったら弁護士に相談を
不動産を含む遺留分問題では、極めて専門的な判断が求められます。
不動産の評価方法や交渉の進め方を誤ると、大きな不利益を被る可能性もありますので、慎重に対応する必要があります。
少しでも不安がある場合は、相続に強い弁護士に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしてください。