遺言書で特定の相続人に多くの遺産を残したいと考える方は多くいらっしゃいますが、「遺留分」の存在に注意が必要です。
本記事では、遺留分と遺言書の関係や、遺留分を侵害する遺言書があった場合の対応方法、被相続人が生前にできる対策について、法律の専門家として分かりやすく解説します。
1. 遺留分とは
遺留分とは、一定の法定相続人に保障されている最低限の相続財産の取り分のことです。
被相続人が自由に財産を処分できるとはいえ、相続人の生活保障や公平性の観点から、一定割合を残せるようにしている仕組みです。
(1)遺留分がある人
遺留分を請求できるのは、法定相続人のうち「配偶者」「子(代襲相続人を含む)」「直系尊属(父母など)」です。
これらの相続人は、被相続人の遺言書によって相続分が大幅に減らされたり、全く相続できなかったとしても、遺留分として最低限の財産を請求する権利があります。
たとえば、配偶者と子がいる場合、それぞれの法定相続分に対して1/2が遺留分として認められます。つまり、本来の相続分が1/2であれば、1/4が遺留分となります。
(2)遺留分がない人
すべての相続人に遺留分が認められているわけではありません。以下に該当する相続人には遺留分の権利がありません。
兄弟姉妹 ・姪、甥
被相続人(亡くなられた方)の兄弟姉妹は、法定相続人ではありますが、遺留分は保障されていません。
そのため、遺言書によって全く相続できなくても、遺留分を根拠とする不服を申し立てることができません。
また、兄弟姉妹がすでに亡くなっていて代襲相続人として姪や甥が相続する場合も同様です。姪や甥は法定相続人ではありますが、遺留分はありません。
相続欠格者・廃除者
相続欠格とは、法律上、重大な非行を行った者に対して相続権を剥奪する制度です。
たとえば、被相続人を殺害しようとした、詐欺や脅迫で遺言を書かせた、遺言書を偽造・破棄したといった行為が該当します(民法891条)。
相続欠格者は相続権を剥奪されますので、遺留分も当然に失います。
相続人の廃除とは、被相続人が家庭裁判所に請求することで、特定の相続人の相続権を排除できる制度です。廃除の理由には、被相続人に対する虐待や重大な侮辱、著しい非行などが含まれます(民法892条)。
廃除された者は相続権を剥奪されますので、遺留分も当然に失います。
相続放棄をした人
相続放棄をした者は、法律上初めから相続人でなかったものとみなされます。そのため、遺留分の請求もできなくなります。
2. 遺言書とは
遺言書は、被相続人が亡くなった後に財産の分配方法や特定の人に相続させたい意思を法的に表す文書のことです。法律に定められた形式を満たしていることを条件に、法的効力が認められます。
遺言書があれば、原則としてその内容に従って相続が行われます。しかし、その内容が相続人の遺留分を侵害してまうことがあります。
3. 遺言書で遺留分が侵害されたらどうなる?
遺言書は尊重されるべきですが、遺留分が保障されている相続人にとって不利な内容の場合には、一定の手続きによってその権利を主張することができます。
(1)遺留分を侵害する遺言書の例
たとえば、被相続人に子どもが2人いるにもかかわらず、「全財産を長男に相続させる」という内容の遺言書があるとします。
本来であれば、それぞれ1/2ずつの法定相続分があり、遺留分としてその1/2、すなわち1/4が保障されています。
そうであるにもかかわらず、全財産が長男の手に渡ってしまえば、次男の遺留分が侵害されたことになります。
(2) 遺留分を侵害しても遺言書自体は有効
遺留分を侵害する内容であっても、遺言書そのものが直ちに無効になるわけではありません。
あくまでも遺言書は法定の要件を満たしていれば有効であり、遺留分の問題は、別途「遺留分侵害額請求」という手続きで調整されます。
(3)遺言書よりも遺留分の効力が優先

相続においては、遺言書の内容に従うのが原則ですが、遺留分は法律で保障された最低限の権利であり、これを侵害することは許されません。
したがって、遺留分を有する相続人が請求すれば、その請求が認められる限り、遺言書よりも遺留分の効力が優先されることになります。
(4)「遺留分侵害額請求」で遺留分を確保する
遺留分が侵害された相続人は、遺留分を請求する権利を行使することで、自らの取り分を回復できます。これが「遺留分侵害額請求」です。
この請求により、侵害された遺留分に相当する金銭を取得することができます。遺言書の内容に納得できない場合には、遺留分侵害額請求を検討しましょう。
4. 遺留分侵害額請求とは
遺留分侵害額請求とは、相続財産のうち法的に保障された遺留分を侵害された相続人が、他の相続人や受遺者に対して金銭の支払いを求める法的手段です。
(1)遺留分侵害額の計算例
例えば、被相続人の遺産が6,000万円で、相続人が配偶者と子1人だった場合、それぞれの法定相続分は1/2です。
遺留分はその半分の1/4、すなわち1,500万円となります。
仮に遺言で配偶者に5,000万円、子に1,000万円が割り当てられたとすると、子の遺留分は500万円不足しているため、その分を遺留分侵害額請求で取り戻すことになります。
(2)交渉・調停・訴訟で請求する
遺留分侵害額請求は、まずは相手方に内容証明郵便などで請求意思を伝え、交渉で解決を目指します。
任意での支払いに応じてもらえなそうであれば、法的措置が必要になります。
家庭裁判所での調停、さらに訴訟手続きまで進めることを検討します。
(3)遺留分侵害額請求権の消滅時効
遺留分侵害額請求権には時効があります。
- 相続開始および遺留分の侵害を知った時から1年、または
- 相続開始から10年
で請求権が消滅します。上記のいずれかの期間を過ぎると請求できなくなるため、早めの対応が必要です。特に、1年の時効はあっという間に到来してしまうので注意しましょう。
5. 遺留分を侵害する遺言書が見つかったときの法的対処法
遺言書の内容が遺留分を侵害していることが判明した場合には、適切な法的対応を取ることで、正当な取り分を確保できます。
(1)遺留分侵害額請求をする
ここまで説明してきたとおり、最も基本的な対応が「遺留分侵害額請求」です。請求の意思表示は内容証明郵便などで行い、交渉や調停を経て金銭の支払いを受ける方法です。
(2)遺言無効を主張する
遺留分侵害額請求とは別に、遺言書の形式的な不備や、作成時に被相続人の判断能力がなかった場合には、遺言そのものの無効を主張することも可能です。
具体的には、遺言無効確認訴訟等を提起して、裁判所の判断を仰ぐような方法です。どのような方法が適しているのかや、その見込みなどは、相続に強い弁護士の助言が不可欠でしょう。
6. 被相続人が生前にできる遺留分対策
ここからは、視点を変えて、被相続人が、生前に遺留分トラブルを予防するための対策をご紹介します。
(1)遺留分を放棄してもらう
遺留分は、被相続人の生前に、あらかじめ放棄することができます。
ただし、放棄するかどうかの意思決定は、遺留分権者本人にありますので、被相続人の意向で一方的に放棄させることはできません。
現実的には、被相続人が、相続人になる予定の人に対して、遺留分を放棄するようお願いすることになるでしょう。
なお、被相続人の生前に遺留分を放棄するには裁判所の許可が必要です。遺留分放棄の意味や手続きの方法については、下記の記事で詳しく解説しています。
(2)相続財産自体を減らす
生前贈与などにより、相続時点での財産額を減らす方法もあります。
ただし、相続開始前10年以内の贈与は特別受益として遺留分算定の基礎に含まれる可能性があるため、計画的な対策が必要です。
また、税金対策とのバランスも重要になるでしょう。
(3)遺言書に付言事項として希望を記載する
法的拘束力はありませんが、遺言書に「付言事項」として自らの考えを記載することができます。
付言事項とは、遺言書に書かれる法的効力のない部分で、遺言者が家族や関係者へ伝えたいメッセージや想いを書く部分のことです。
例えば、「家族で仲良く暮らして欲しいため、遺留分の主張はしないでください。」という趣旨のメッセージを残す方法です。
これにより、相続人らが“遺留分を主張しない義務”を負うわけではありませんが、相続人間の理解や協力を得られる可能性があります。
7. まとめ|困ったら弁護士に相談を
遺留分と遺言書の関係は複雑で、法律に詳しくない方にとっては判断が難しいこともあります。
遺留分侵害の有無や対応策、訴訟の必要性などを適切に判断するには、相続に詳しい弁護士への相談が不可欠です。
少しでも不安や疑問がある場合は、早めに専門家に相談し、円満な相続を実現しましょう。