空き家や山林、農地や田畑などの不動産を相続したくないとき、相続放棄をすれば管理義務・管理責任も回避できるのでしょうか。
この点については、2023年4月以降、民法改正によってルールが変更され、相続放棄後の管理義務(保存義務)の期間や対象者が明確化されています。
この記事では、民法改正による変更点や、管理義務・管理責任から免れるための対処方法についてわかりやすく解説します。
1. 相続人全員が相続放棄すると空き家などの不動産はどうなる?
まずは、相続放棄をした後にどうなるかの基本を整理しましょう。自分が相続放棄をした場合、後順位の相続人がいる場合には、その人に相続権が移ります。相続の優先順位は法律で定められています。
例えば、被相続人の子(第一順位の相続人)が全員相続放棄をした場合、次順位の相続人に相続権が移ることになります。
具体的には、被相続人の直系尊属(両親や祖父母)が健在の場合はそれらの方(第二順位の相続人)に、第二順位の相続人がすでに死亡している場合には、被相続人の兄弟姉妹や甥姪(第三順位の相続人)に相続権が移ります。
自分よりも後順位の相続人がいない場合や、相続人全員が相続放棄をした場合には、相続財産を引き継ぐ人がいなくなってしまいます。そのようなとき、相続財産は最終的に国庫に帰属します。つまり、空き家などの不動産は国のものになります。
とはいえ、相続放棄さえしてしまえば、あとは何の責任も負わず全てが解決するわけではありません。一定の場合には、相続放棄をした後にも相続財産を管理する責任・義務が残ってしまうのです。
2. 空き家や山林を相続放棄しても管理義務が残ることがある
相続放棄をすればプラスの財産もマイナスも財産も引き継がなくて良くなるため、全ての責任から解放されると考える方が多いと思います。
しかしながら、相続放棄をしたからといって全ての責任から解放されるとすると、誰も管理しない土地や建物などが地域に増えることになります。そうすると、空き家の老朽化して崩れたり、動物や虫が住み着いたりするなどのトラブルが多発してしまいますよね。
そこで、相続放棄をしたとしても、その者に一定の責任は負わせるべきという考えが生まれます。それが「管理責任」や「管理義務」というものです。
ところが、令和5年(2023年)4月1日よりも前の民法では、この管理義務についていくつかの問題点がありました。改正前の民法の規定は次のようなものでした。
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
改正前民法940条
この規定を前提とすると、
- 相続放棄をした結果相続人がいなくなった場合、いつまで財産を管理すれば良いのかわからない
- 相続放棄をしても、遠隔地に残された財産を管理しなければならない
などの問題が生じてしまいます。
もちろん、空き家や山林を放置せずに、相続財産管理人を選任する手続きを進めれば責任を回避することはできました。しかし、この手続きを進めるには、相続放棄をした人が数十万円〜100万円程度の費用を負担しなければならないケースもあり、結果として放置してしまう人も多かったようです。
相続による不利益を回避するための相続放棄なのに、相続放棄後も大きな負担が残るのでは意味がありません。そこで、民法改正によりこの問題の解決が図られたのです。
3. 民法改正によって管理義務のルールが明確になった
上記のような問題を解決するため、民法940条は次のように改められました。なお、改正後の民法940条は、2023年4月1日から施行されています。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
民法940条
改正前民法からの主な変更点は次のとおりです。
(1)「現に占有している」者に限り相続放棄後の管理義務を負う
これまでの条文では、相続放棄後の管理義務の対象者が曖昧でした。
しかし、改正後の条文では「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している」者に限り、管理責任を負う旨明確に示されています。
逆に言えば、相続放棄の時に、相続財産を現に占有していなければ管理責任を負うことはないという点が明確になったのです。
例えば、既に自分は暮らしていない実家や、自分が管理や支配をしていない空き家・山林などは、「現に占有している」とはいえず、相続放棄後も管理責任を負わない可能性が高いといえます。
(2)管理責任を負う期間が明確になった
改正前の条文では、相続放棄の結果相続人がいなくなった場合に、いつまで管理責任を負うのかが明示されていませんでした。
しかし、改正後の条文では、相続人又は相続財産清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間に限り責任を負う旨が明示されています。
(3)「相続財産管理人」から「相続財産清算人」に呼び方が変更
民法改正に伴い、民法952条に定められていた「相続財産管理人」は、「相続財産清算人」という呼び方に変わっています。
(4)「管理義務」から「保存義務」に変更
条文を見ると、「管理」という文言が「保存」に変更されています。「保存」というのは、財産を滅失させたり損傷させたりしてはならないという意味であり、必要最小限の義務といって良いでしょう。
ただし、財産を壊したり減らしたりしないだけでなく、現状を維持すること(建物であれば適宜修繕等を行うこと)までも義務として含まれているとする考え方もできます。このように、義務の内容については曖昧な部分が残されています。
(5)空き家の保存義務(管理義務)の具体的な内容は?
あなたが相続放棄をして、空き家などの保存義務(管理義務)を負った場合、具体的にどのような管理をすれば良いのでしょうか。この点について、求められる具体的な内容までは法律に定められていません。
そのため、ケースバイケースになってはしまいますが、例えば次のような管理をイメージすると良いかと思います。
上記の内容はあくまでも例であり、状況に応じた行動が必要である点には注意しましょう。
例えば、一定の財産的価値があるにもかかわらず空き家を安易に解体してしまうと、管理の範囲を超えた「処分」と判断されてしまうリスクもあります。
なお、当然ながら、適切な管理を行うには専門業者に支払う費用などが発生することもあります。
4. 相続放棄後に保存義務を負うケースは限定的に
上記の通り、改正後の民法によれば、相続放棄後に保存義務を負うケースは限定的になると考えて良いでしょう。
特に、「現に占有している」という要件ができたことにより、相続放棄後の保存義務が回避しやすくなっています。
もっとも、財産を「現に占有している」人については、これまで通り保存義務が残ってしまいます。例えば、次のようなケースを考えてみましょう。
このケースで、長男が相続放棄をする時点で家に住んでいるのであれば、長男は家を「現に占有している」と言えますので、相続放棄後も家の保存義務を負うことになります。
一方で、既に家を出ている次男は、家を「現に占有している」とはいえず、相続放棄後に家の保存義務を負うことはないでしょう。ただし、定期的にAさんと長男の住む家に帰って管理をしていたなどの事情があれば、「現に占有している」と評価される可能性はあります。
5. 相続放棄後に空き家・山林・農地を放置するリスク
保存義務を負っているにも関わらず財産を適切に管理しなかった場合はどのようなリスクがあるのでしょうか。典型例は、都市部で暮らしている相続人が田舎にある空き家を放置した場合などです。
(1)損害賠償請求をされるリスク
相続放棄した古い空き家の屋根や壁が台風や地震などで倒壊し、通行人にケガをさせたり、近隣の住宅や車を損壊してしまったりする可能性はゼロではありません。
このような場合、近隣住民やケガをした第三者から、損害賠償を請求されるリスクがあります。
(2)事件やトラブルに巻き込まれるリスク
長年放置していた空き家に、知らない人が住み着いてしまった、薬物の栽培に使用されてしまった、動物が住み着いてしまった、虫が大量に発生してしまった・・・といったことが考えられます。
このように、刑事事件に巻き込まれてしまったり、近隣トラブルの原因となってしまうことがあります。また、空き家の管理について行政から指導を受ける可能性もあります。
6. 相続放棄をした人が保存義務を免れる方法は?
相続放棄をしたものの他の相続人がおらず、あなたが保存義務を負ってしまった場合、保存義務を免れるためには相続財産清算人の選任を申し立てる必要があります。
相続財産清算人とは、被相続人(亡くなった方)の債権者に対し債務を支払うなどして清算を行い、最終的に残った財産を国庫に帰属させる役割を担う人です。
民法940条によれば、保存義務を負うのは「相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間」とされていますので、相続財産清算人に空き家等の財産を引き渡した時点で保存義務はなくなります。
7. 相続財産清算人の選任を申し立てる方法
相続財産清算人を選任したいときには、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、選任の申立てを行います。手続きに必要な書類や費用は以下のとおりです。
(1)手続きに必要な書類
- 申立書(裁判所のウェブサイトに書式が用意されています。)
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の父母の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)が死亡している場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の兄弟姉妹が死亡している場合、その兄弟姉妹の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 代襲者としてのおいめいが死亡している場合、そのおい又はめいの死亡の記載がある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
- 財産を証する資料(不動産登記事項証明書(未登記の場合は固定資産評価証明書)、預貯金及び有価証券の残高が分かる書類(通帳写し、残高証明書等)等)
- 利害関係人からの申立ての場合、利害関係を証する資料(戸籍謄本、金銭消費貸借契約書写し等)
- 相続財産清算人の候補者がある場合にはその住民票又は戸籍附票
(2)費用
まず、相続財産清算人選任申立の際に、収入印紙800円と連絡用の郵便切手数千円程度、官報公告料5,057円がかかります。
そのほか、20万円~100万円程度の「予納金」を払わなければならない可能性があります。予納金は、相続財産清算人が財産を管理するのに必要な経費や相続財産清算人の報酬に充てられるお金です。
相続財産清算人への報酬は相続財産から支払われますが、相続財産が少なくて報酬が支払えないと見込まれる場合には申立人が負担することになっています。
予納金が必要となるかどうか、また、必要であるとして具体的にいくらになるのかは、実際に申し立てを行うまでわかりません。
(3)相続財産清算人の候補者について
相続財産清算人の選任を申し立てる際「候補者」を立てることができます。親族や相続放棄者が候補者となってもかまいません。
ただし、相続財産管理人は複雑な手続き対応が要求されますので、必ずしも候補者が採用されるとは限らず、弁護士や司法書士などの専門家が選任される場合が多いようです。
8. いらない土地を国が引き取る「相続土地国庫帰属制度」の利用も検討を
山林・田畑・農地など「不要な土地は手放したいけど、他にも遺産があるので相続放棄はしたくない」という方は、「相続土地国庫帰属制度」の利用も検討してみましょう。
相続土地国庫帰属制度は、管理が困難で手放したい土地を相続した人のためにつくられた制度です。この制度を利用すれば、相続放棄をせず、いらない土地だけを国に帰属させることができます。
遠方で管理が難しい土地や、固定資産税や維持費を考慮すると持っているだけで経済的にマイナスとなってしまう土地などを手放したいときに有効な選択肢です。
ただし、本制度は利用できる条件が限られていたり、一定の費用が発生するなどの注意点もあります。最低限知っておきたい内容は次のとおりです。
(1)相続土地国庫帰属制度を利用できる条件
相続土地国庫帰属制度を利用できる人は、「相続や遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により土地の所有権を取得した相続人」に限られます。したがって、すでに相続放棄をしてしまった人は利用することができません。
また、相続土地国庫帰属制度の対象となる土地は、簡単にいうと「建物がない更地で、抵当権等の設定や争いがなく、境界が明らかになっている土地」に限られます。次のような土地は国庫に帰属できません。
上記の通り、空き家がある状態の土地は「建物がある土地」に該当するため、本制度を利用することはできません。
空き家を手放すための現実的な利用方法としては、相続をした上で空き家を解体し、更地での売却も見込めないときに利用するということが考えられるでしょう。
この際には、家の解体費用(一般的には100万円〜400万円程度)を誰が負担するのかなどの問題も発生しそうです。
(2)制度の利用には一定の費用負担が必要
相続土地国庫帰属制度の利用には、「審査手数料」と「負担金」の2つの費用負担が発生します。
審査手数料は、土地一筆当たり14,000円です。
負担金は、土地の性質に応じた標準的な管理費用を考慮して算出した、「10年分の土地管理費相当額」です。要件審査を経て承認を受けた方は、負担金通知を受け、政令によって定められた金額を支払う必要があります。負担金は、原則として20万円ですが、土地の面積によってさらに増額することもあります。
利用の条件や手続きの詳細を知りたい方は、法務省が公開しているパンフレットをご覧ください。
9. 相続放棄の手続きの概要と注意点
では、実際に相続放棄をする際の手順はどのようなものなのでしょうか。
相続放棄をするには、戸籍謄本等の必要書類を集め、相続放棄申述書を作成し、それらを家庭裁判所に提出する必要があります。
書類の提出後、家庭裁判所から「照会書(回答書)」という書面が届きますので、必要事項を記入して回答書を返送します。
その後、相続放棄の手続きが完了すると、裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届きます。
大まかな手続きの流れは上記の通りです。手続きの流れや手順について詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
(1)3ヶ月の期間内に相続放棄の手続きをする
相続放棄の手続きは「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月」以内に行わなければなりません(民法915条1項)。この期間を「熟慮期間」と呼びます。
3か月の熟慮期間を過ぎてしまうと、原則として相続放棄をすることができなくなってしまいます。その場合、単純承認したものとみなされ、通常通りすべての財産を相続することになります(民法921条2号)。
手続きを自分でやっていては期限を過ぎてしまいそう・・・という方は、弁護士等の専門家に手続きの代行・代理を依頼するようにしましょう。
(2)相続放棄の必要書類は続柄によって変わる
相続放棄の手続きに必要な戸籍謄本は、被相続人との関係(続柄)によって異なります。
ケースによっては取得する戸籍謄本がとても多くなることもあり、全て揃えるのに時間がかかってしまうこともあるので注意しましょう。
必要書類については下記の記事で詳しく説明しています。
10. まとめ|困ったら弁護士に相談を
この記事では、空き家の管理責任、相続財産清算人の選任の申立て、相続土地国庫帰属制度などについて解説しました。
相続財産の中に空き家や山林・田畑・農地などのいらない不動産がある場合、次のような選択肢が考えられます。
- 相続して売却する
- 相続して相続土地国庫帰属制度を利用する
- 自分が保存義務(管理義務)を負わないことを確認して相続放棄する
- 相続放棄をした上で相続財産清算人の選任の申立てをする
もし相続に関してわからないことがあれば、相続の案件を扱っている弁護士に相談してみることをおすすめします。