亡くなられた方の財産の中に持ち家や空き家などの「家」が含まれていたとき、相続放棄をすべきか、そのまま相続した方が良いのか、迷ってしまう方も多いのではないでしょうか。この記事では、遺産に家が含まれていたときの解決事例と、判断のポイントを解説します。
1 遺産に家が含まれていたときの解決事例
(1)相談に至る背景
Aさんには、長い間会っていなかった兄がいました。ある日兄が亡くなったことを知らされたAさん。兄が暮らしていた古いマンションの一室を訪れると、個人で商売をしていたようで、請求書や借用書がたくさん出てきました。
どうやら借金が多そうだと思い、Aさんは相続放棄を検討しはじめます。その一方で、兄の自宅マンションは持ち家であることが判明。相続すべきか放棄すべきか自分ではわからなくなってしまい、弁護士に相談に来られました。
(2)解決への進め方
相続放棄すべきか否か判断する前提として、まずは兄の相続財産を把握しなければなりません。プラスの財産については、自宅マンションの査定や、口座がありそうな金融機関からの残高証明書の取得を進めていきます。マイナスの財産については、請求書や借用書に記載されている債権者への連絡、信用情報機関への情報開示請求等を進めていきます。
これらと同時に、結果的に相続放棄をすることになった場合に備えて、相続放棄の準備も進めておきます。相続放棄は兄の死亡を知ってから3ヶ月以内に行わなければなりませんので、相続財産の調査を終えてから着手するのでは、期間に間に合わなくなってしまう危険性があるからです。
査定の結果、兄の自宅マンションは1500万円程度で売れる可能性が高いと判明。また、相続財産全体の調査の結果、借入れ等のマイナスの財産よりも、プラスの財産の方が上回る見込みが高いことが判明しました。
したがって、相続放棄はせず、兄の自宅マンションは売却する方向で進めていきます。
(3)無事に解決へ
最終的に、兄の自宅マンションは査定額に近い金額で売ることができました。弁護士費用は兄の相続財産から問題なく支払うことができ、Aさんの手元にもお金を残すことができました。
ここからは、解決のポイントや注意点について順に解説していきます。
2 家を売ったら相続放棄はできない
前提として、相続財産である家を売ってしまったら相続放棄はできません。
なぜなら、相続財産である家を売却する行為は、相続財産の「処分」に該当し、法定単純承認が成立するからです。
「処分」やら「法定単純承認」やら難しいワードが出てきましたが、そんなに難しいことではありません。簡単にいうと、「相続財産が自分のものであるかのような行為をした人は、相続人となることを認めているようなものなので、以後、相続放棄はできませんよ。」というルールが民法に定められているのです。
したがって、相続放棄をする可能性があるのであれば、すぐに不動産を売り出すことはできません。
当然ながら、相続放棄の手続きを終えた後に兄の相続財産を売却することもできません。
3 3ヶ月以内に方針を決定しなければならない
相続放棄の手続きは「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月」以内に行わなければなりません(民法915条1項)。この期間を「熟慮期間」といいます。
熟慮期間を過ぎてしまうと、原則として相続放棄をすることができなくなってしまいます。その場合は、単純承認したものとみなされ、通常通りすべての財産を相続することになります(民法第921条2号)。つまり、被相続人が負っていた借金や損害賠償債務なども、相続人が支払うことになってしまいます。
したがって、基本的には、3ヶ月の熟慮期間内に次の2択から進む道を選ばなければなりません。
- 相続放棄をして相続財産の全てを手放す
- 相続することを前提に家を売却する
相続放棄をする場合、家庭裁判所への必要書類の提出を3ヶ月以内に行わなければならないので、方針の決定自体はもっと早いタイミングで行う必要があります。
4 財産調査が極めて重要
解決事例をご覧いただいてわかるとおり、相続放棄をするか否かの方針の決定には、相続財産の調査がとても重要になります。(相続財産がどうであれ相続放棄をしたい意思なのであれば財産調査は不要です。)
特に、相続財産に持ち家や空き家などの不動産がある場合には、早急に査定の依頼をすべきです。
タイトなスケジュールの中でスムーズに進めるのであれば、
- プラスの財産の洗い出し
- マイナスの財産の洗い出し
- 家の査定額の取得
- 相続放棄の準備
を並行して行う必要があります。
各種相続財産の調べ方については、下記の記事でまとめて解説しています。
5 家の査定額の取得方法
簡易査定 (机上査定) | 訪問査定 | 不動産鑑定 | |
---|---|---|---|
費用 | 無料 | 無料 | 有料(20万円〜) |
実施者 | 不動産会社など | 不動産会社など | 不動産鑑定士 |
査定にかかる時間の目安 | 当日〜1週間 | 1〜2週間 | 約3週間 |
メリット | ・査定の依頼が手軽で利用しやすい | ・簡易査定より精度は高い | ・適正な価値がわかる |
デメリット | ・査定の精度は高くない | ・不動産会社の担当者の立会いが必要 ・不動産会社の担当者との面談が必要 | ・費用が高額 |
備考 | ・不動産仲介会社により査定額に差が出やすいので、複数社への一括査定がおすすめ。 | ・一括査定後の利用がおすすめ | ・調停や訴訟で不動産の評価額に争いがある場合などに利用 |
相続財産に家が含まれる場合には、査定額を取得する必要があります。
不動産(建物・土地)の価値を調査する方法には、大きく「簡易査定(机上査定)」「訪問査定」「不動産鑑定」の3種類があります。このうち、不動産鑑定は不動産鑑定士が行うもので、数十万円の費用もかかります。
相続財産に含まれる不動産が大規模なものではなく、相続放棄をするかどうかの判断基準として手軽に査定額を取得したいというのであれば、まずは「簡易査定(机上査定)」と「訪問査定」を利用すると良いでしょう。
(1)簡易査定(机上査定)とは
「簡易査定」とは、不動産を売却する際に過去の売買データ等をもとに査定する方法で、「机上査定」とも呼ばれます。
不動産を直接見ずに情報をもとに査定額を算出する方法のため、手軽に利用できますが、精度は高くないという特徴があります。中には、自社を利用して欲しいがために売れもしない金額で査定額を出す業者もいると言われています。
したがって、無料一括査定を利用した上で、複数社の査定額の平均値を参考にするといったような利用方法が良いでしょう。明らかに高額すぎる査定額がある場合には、それを除いた上で平均値を出しても良いと思います。
(2)訪問査定とは
「訪問査定」では、実際に不動産会社の担当者が不動産を見た上で査定額を出します。担当者と面談し、物件の詳細についてヒアリングを受けることもあります。
その分、簡易査定よりも査定額の精度が高くなります。一括簡易査定を行った上で、信頼できそうな業者だけに訪問査定を依頼するというような使い方が良いでしょう。
6 困ったら1日でも早く弁護士に相談を
冒頭のような事例では、やることが多い割に時間的余裕がないことが多いでしょう。
確かに、相続財産の調査や諸々の手続き自体は自分でやることもできます。しかし、無理に自分で進めて失敗してしまった場合のリスクは大きく、最悪の場合、相続人が多額の借金を背負ってしまうということもあり得ます。
「どうすれば良いのかわからない」「自分一人で的確に進めるのは難しそう」と感じた場合には、1日でも早く弁護士に相談するようにしてください。