遺産から葬儀費用を支払うと相続放棄できない?裁判所の見解を解説

元弁護士

山内 英一

遺産から葬儀費用を支払うと相続放棄できない? 相続放棄に関するコラム

亡くなった方の葬儀には費用がかかります。100万円以上かかることも少なくないため、故人の遺産(相続財産)を葬儀費用に充てたいと考える方も多いのではないでしょうか。

その一方で、「故人の預金を引き出して葬儀代に充てるとなれば、相続放棄ができなくなってしまうのでは?」という疑問も生じてくるでしょう。

結論として、相続財産を葬儀費用に充てても相続放棄をすることはできますが、知っておくべき注意点がいくつか存在します。最悪の場合、相続放棄ができなくなってしまうこともあるので、この記事でしっかりと確認しておきましょう。

1. 葬儀費用を遺産から支払っても基本的には相続放棄できる【裁判例】

葬儀費用を遺産から支払っても基本的には相続放棄できるのでしょうか。

過去の裁判例には、相続財産から葬儀費用を支出する行為は「相続財産の処分」に当たらないとしたものがあります。

ただし、このような裁判例があるからといって、葬儀費用を遺産から支払っても100%相続放棄できるというわけではありません。

例えば、葬儀費用が高額すぎる場合などには「処分」に該当し、相続放棄ができなくなる可能性がある点には注意が必要です。

「葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果と言わざるをえないものである。したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法廷単純承認たる「相続財産の処分」(民921条1号)には当たらないというべきである。」

大阪高等裁判所平成14年7月3日決定

なお、上記の裁判では、相続財産で仏壇や墓石を購入したことも「相続財産の処分」とはならないと判断された点も参考になるところです。

ただし、墓石の購入についても、社会的にみて不相当に高額のものである場合には「相続財産の処分」に当たり得るので注意が必要です。

2. 「処分」に当たると相続放棄できない可能性もある

ここからは、「葬儀費用の支払い」と「相続財産の処分」の関係について整理していきます。

(1)処分とは

相続放棄をする前に一定の行為をしてしまうと、相続放棄ができなくなってしまうことがあります。特に注意したいのが、相続財産の「処分」(民法921条1号)に該当する行為です。

相続財産の処分に該当する行為をしてしまうと、単純承認をしたものとみなされ、相続放棄をすることができなくなってしまいます。

ただ、民法の条文には、具体的にどのような行為が処分に当たるのかは書かれていません。そこで、過去の裁判例等を参考にして考える必要があります。

結論として、過去の裁判例の見解を前提とすると、遺産を葬儀費用に充てたとしても、直ちに「相続財産の処分」に該当するわけではありません。むしろ、基本的には「相続財産の処分」に当たらないと考えても良いでしょう。

ただし、

  • 一般的な感覚に照らして華美過ぎる葬儀や大規模な葬儀を行った
  • 相続財産である預金を葬儀代に充てたことについて、後で証明することができなかった

という場合には、相続財産を処分したと判断される可能性があります。

(2)法定単純承認とは

相続財産の処分に該当する行為をしてしまうと、単純承認をしたものとみなされ、相続放棄をすることができなくなってしまいます。これを「法定単純承認」といいます。

単純承認とは、「通常通り故人の債権債務を全て相続します」と認めることです。つまり、単純承認をすると、故人が負っていた借金や損害賠償債務なども全て引き継ぐことになってしまうのです。

(法定単純承認)
第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
(以下省略)

民法921条1号

3. 葬儀代の支払方法

ところで、葬儀代の支払い方法には大きく2通りありますので、一度整理しておきましょう。相続放棄の可否に影響を与え得るのは、「被相続人の預金等から葬儀代を支払う場合」です。

(1)相続人固有の財産から支払う場合

葬儀費用を支払うとき、相続人(相続放棄をしようとしている人を含む)自身のお金で支払うのであれば、相続放棄への影響はありません。

この場合、相続人固有の財産を使っただけであり、相続財産を処分しているわけではないからです。

(2)被相続人の預金等から支払う場合

被相続人が貯めていた預金など、相続財産から葬儀費用を支払うケースです。この場合、先ほど示した民法921条1号の「処分」に該当してしまう可能性が出てきます。

葬儀費用の大部分を相続人の財産から支払った上で、不足する部分を被相続人の預金等から支払ったような場合も、「処分」に該当してしまう可能性があります。

4. 葬儀代を遺産から支払って相続放棄するときの注意点

相続放棄をする予定の人が、葬儀代を遺産から支払う場合には次の点に注意が必要です。最悪の場合、相続放棄ができなくなってしまいますのでしっかりと確認しておきましょう。

(1)葬儀費用の支払いの領収書は必ず残しておく

葬儀費用に充てるために被相続人の預金を引き出す場合には、預金をいくら引き出し、葬儀代としていくら支払ったのか、しっかりと証拠を残しておくことが重要です。

「葬儀代としての支出」であることが、誰が見てもわかるように、葬儀に関する領収書や明細等は全て残しておきましょう。万が一領収書をもらえない場合には、支払った金額、相手、日時を、手帳などにまとめて記録しておきましょう。

お金の流れが不明確であったり、金額に齟齬があったりすると、「本当に葬儀代として支出したのか?」という疑いが生じてしまい、最悪の場合相続放棄ができなくなってしまう可能性があります。

少し面倒に感じるかもしれませんが、領収書等の管理はしっかりと行いましょう。

(2)葬儀の規模は身分相応のものに留める

葬儀代のための支出だとしても、その金額が不相当である場合には「処分」に該当してしまう可能性があります。

一般的な感覚に照らして華美過ぎる葬儀や、大規模な葬儀を行ったことで支出が大きくなってしまう場合には、「処分」に該当し、相続放棄ができなくなってしまう可能性がありますので注意してください。

(3)照会書(回答書)に嘘は書かない

相続放棄申述書等の書類を家庭裁判所に提出すると、約1週間〜2週間で照会書(回答書)が送られてきます。

照会書(回答書)には、家庭裁判所からの質問が記載されていますので、それに対する回答を記入して返送します。

照会書(回答書)に「被相続人の財産を使っていないか」といった趣旨の質問が含まれていることがありますが、嘘は記入せず、正直に回答するようにしましょう。

このとき、単に「財産を使った」とだけ回答すると、遺産を使い込んだと誤解されてしまいます。しっかりと、「被相続人の預金から⚪︎万円を引き出し、全額を葬儀費用に充てた。」といった説明を加えましょう。

5. 相続放棄 葬儀費用に関連する質問【専門家が回答】

Q. 相続人(喪主)が葬儀代を支払うのは問題ない?

A. 相続放棄をしようとしている相続人が、自身のお金で葬儀代を支払うのであれば、相続放棄への影響はありません。相続人固有の財産を使っただけであり、相続財産を処分しているわけではないからです。

Q. 遺産をお墓の購入資金に充てても相続放棄できる?

A. 遺産で故人のお墓・墓石を購入する場合も、大枠としては葬儀費用と同様に考えることができます。つまり、お墓の購入代金が常識的な金額であれば「処分」には該当せず相続放棄はできるものの、高額すぎる場合などには「処分」に該当し、相続放棄ができなくなる可能性があります。あまりにも豪華すぎる高価なお墓を購入する際は注意が必要です。

Q. 相続放棄をしたいが、香典は受領して大丈夫?

A. 一般的に、香典や御霊前は、被相続人の葬儀に関する出費に充てることを主な目的として、葬儀の主宰者(喪主)に対して贈与されるお金です。つまり、被相続人が保有していた財産(相続財産)ではありません。

したがって、相続放棄をする予定の人や、すでに相続放棄をした人であっても、香典や御霊前を受け取ることができます。

Q. 葬祭費や埋葬料(埋葬費)を受け取ったら相続放棄できない?

A. 被相続人が亡くなると、被相続人が社会保険(協会けんぽ等)に加入していた場合は「埋葬料(埋葬費)」、国民健康保険に加入していた場合は「葬祭費」が支給されることがあります(どちらも請求の手続きが必要となります。)。

これらのお金は、実際に葬儀や埋葬を行なった方に支給されるものであって、亡くなった方の相続財産とはいえません。したがって、支給を受けたとしても相続放棄はできます。

6. まとめ|困ったら弁護士に相談を

この記事では、葬儀費用(葬式費用)と相続放棄について解説しました。最後にポイントを整理します。

  • 被相続人の遺産を葬儀費用(葬式費用)に充てたとしても、基本的には相続財産の処分には当たらず、相続放棄できる。
  • ただし、一般的にみてあまりにも華美・大規模な葬儀の場合は、相続財産の処分に該当し、相続放棄できなくなる可能性がある。
  • 葬儀費用に充てるために被相続人の預金を引き出す場合には、預金をいくら引き出し、葬儀代としていくら支払ったのかわかるよう、領収書等の客観的な証拠を残しておくべき。

「自分で判断して行動するのが不安」「相続放棄の手続きを含めて全てプロに任せたい」という方は、弁護士に相談・依頼することをおすすめします。

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