亡くなった人が、交通事故や自殺などに起因して損害賠償債務を負っていた場合、相続放棄をすれば支払いを回避できるのでしょうか。損害賠償債の支払いを免れることができないケースや注意点なども含めて解説します。
Q. 被相続人が負っていた損害賠償債務も相続放棄できますか?
A. 被相続人が負っていた損害賠償債務も相続放棄をすれば支払わなくて済みます。ただし、本当に被相続人だけが負っていた債務なのかという点には注意が必要です。
以下、順を追って詳しく解説します。相続人自身が負っている債務は免責されないなど、注意点もご紹介していますのでしっかりと確認しておきましょう。
1. 損害賠償債務・損害賠償請求権とは
損害賠償債務とは、自身の行為によって相手方に損害を与えてしまった場合に、賠償金を支払わなければない義務のことです。例えば、次のような場合に損害賠償債務が発生します。
ちなみに、よく聞く「慰謝料」という言葉も、損害賠償債務の一種に位置付けられます。
損害賠償債務は、損害賠償を請求する側の人から見ると「損害賠償請求権」になります。
例えば、加害者AさんがBさんに損害を与えたとき、AはBに対して損害賠償債務を負い、BはAに対して損害賠償請求権を行使して賠償金を回収する、という構図になります。
損害賠償請求をする人は、書面等で通知して任意での支払いを促しても構いません。それでも支払いに応じてもらえない場合、最終的には訴訟を提起して損害賠償を回収することになるでしょう。
2. 相続放棄とは
相続放棄とは、亡くなった方(被相続人)の資産も負債も一切相続しないという法律上の制度です。
相続放棄をすると、初めから相続人にならなかったものとみなされます(民法939条)。その結果、被相続人の資産も負債も一切相続しないことになります。
被相続人に多額の負債(借金や損害賠償債務)がある場合、通常通り相続してしまうと、相続人がその負債を引き継ぐことになります。つまり、被相続人に代わって、相続人が借金の返済等をしなければなりません。
そのような事態を避けるために有効なのが「相続放棄」です。
例えば、自身の親が単独で交通事故を起こして損害賠償債務を負ったとします。その後親が亡くなっても、子(本来相続人となる人物)は相続放棄をすれば、損害賠償の支払いを免れることができます。
相続放棄の手続きの概要は次のとおりです。
手続きの期限 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内。ただし、例外的に延長可能。 |
必要書類 | ・相続放棄申述書 ・被相続人の住民票除票または戸籍附票 ・申述人の戸籍謄本 等 |
書類の提出先 | 被相続人(亡くなられた方)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所 |
費用 | 数千円程度(取得する戸籍謄本等の量による) |
相続放棄の手続きについてさらに詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
3. 損害賠償債務も相続放棄できる
被相続人が負っていた損害賠償債務も”マイナスの財産”として相続財産に含まれるため、相続放棄の対象となります。したがって、相続放棄をすれば損害賠償金は支払う必要はありません。
反対に、相続放棄をしていない相続人が他にいる場合には、債権者は、その相続人に対して損害賠償の支払いを請求できます。
4. 相続人自身の債務は免責されない点に注意
ただし、相続放棄によって免責されるのは、亡くなられた方(被相続人)が負っていた債務に限られます。
逆に言えば、そもそも相続人自身が負っている債務については、相続放棄をしても免責されることはありませんので注意が必要です。
特に注意したいのは、下記のような債務です。
(1)保証債務
被相続人の損害賠償債務につき、相続人が保証人となっていた場合、相続放棄をしても保証債務は存続します。
特に、契約書の中に「債務者が死亡したときは、連帯保証人は期限の利益を喪失し、債務の全額を直ちに弁済しなければならない」というような条項があるケースもあります。
このようなケースでは、本来の返済期限が未到来であっても、債務者が死亡すると直ちに全額弁済しなければならない、という事態も起こり得ます。
被相続人が負っていた債務について、あなたが保証人や連帯保証人となっていないか、契約内容をしっかりと確認しておきましょう。
(2)責任無能力者の監督義務者等の責任
被相続人が他人に損害を与えた当時、被相続人に責任能力がなかった場合、監督義務者またはそれに代わって被相続人を監督する者が、被害者に対する損害賠償責任を負うことがあります(民法714条)。
責任無能力者に当たるのは、年少の未成年者(目安として12歳未満程度)と、認知症などの精神上の障害により、自己の行為の責任を弁識する能力を欠いた者です(民法712条、713条)。
あなたが監督義務者(またはそれに代わって被相続人を監督する者)としての責任を負うケースでは、あなた固有の損害賠償債務が発生していることになりますので、相続放棄をしても損害賠償の支払いを免れることはできません。
(3)共同不法行為者の責任
被相続人と共同して他人に損害を与えた相続人は、被相続人と連帯して、被害者に生じた損害を賠償する責任を負います(民法719条)。
例えば、AさんとBさんが協力して被害者1名を暴行したケースでは、AさんとBさんは「共同不法行為者」に該当します。
あなたが被相続人と共同不法行為を行なった場合、相続放棄をしたとしても、あなた自身が負う責任は残っています。したがって、損害賠償をしなければなりません。
5. 相続放棄をする場合の注意点
(1)相続放棄には期限があるので注意
相続放棄の手続きは、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内(多くのケースでは故人が亡くなってから3ヶ月以内)に行わなければなりません。期限内に相続放棄を行わなければ、自動的に単純承認したものとして扱われます(民法921条2号、915条1項)。
つまり、被相続人が負っていた損害賠償債務も含めて、全ての相続財産をあなたが引き継ぐことになってしまいます。
相続放棄のやり方については下記の記事で詳しく解説していますので、相続放棄をご検討の方はご覧ください。自分でやるのが難しそうだと感じる方は、弁護士等の専門家に手続きを依頼しましょう。
(2)後順位の相続人への影響
故人が多額の損害賠償債務を負っていたときは、相続放棄後の後順位の相続人への影響に特に注意しなければなりません。
というのも、自身が相続放棄をして損害賠償債務を免れても、後順位の相続人がいる場合には、その人に相続権が移ってしまいます。自身が相続放棄をすることで相続人になる人がいる場合には、その人にも相続放棄を勧めるなどの対策をとりましょう。
最悪の場合、本来自分が相続する予定だった高額の損害賠償債務を、後順位の相続人に押し付けるような形になってしまい、トラブルに発展してしまう可能性があります。
自身が相続放棄をした後に誰が相続人になるのかなど、相続順位の基本を確認したい方は、こちらの記事をご覧ください。
6. 損害賠償債務が免責されなかった場合は自己破産も検討
- 相続放棄ができず多額の損害賠償義務を負ってしまった
- 自身が負っている損害賠償債務があり、相続放棄をしても免責されなかった
といった場合には、自己破産をして支払いを免れる方法もあります。
ただし、自己破産をしても、
- 破産者が悪意(単なる故意ではなく、積極的な害意)で加えた不法行為により損害を与えた場合の損害賠償債務
- 破産者に故意あるいは重大な落ち度があって、人の生命や身体に損害を与えた場合の損害賠償債務
等は、自己破産をしても免れることはできませんので注意しましょう(破産法253条1項2号、3号)。
7. まとめ|困ったら相続に強い弁護士に相談を
この記事で解説したとおり、例外的なケースを除き、故人の損害賠償債務は相続放棄をすることで回避できます。
また、相続放棄の手続きは自分で行うことも可能です。
とはいえ、多額の損害賠償債務が残されているケースは、万が一相続放棄に失敗した際のダメージがとても大きくなってしまいます。
失敗の可能性を少しでも排除して、適切に手続きを完了させたいのであれば、早めに相続に強い弁護士に相談し、手続きを任せた方が良いでしょう。