「相続放棄したいけど、故人の車はどうすれば良いの?」「相続放棄をした後なら車を処分しても良いの?」とお困りの方のために、遺された車の処分と相続放棄の関係について解説します。
結論としては、相続放棄をするのであれば、車の資産価値が明らかにないようなケースを除き、廃車や売却は避け、なるべく何もしない方が良いでしょう。以下、詳しく解説します。
1. 相続放棄の前後でやってはいけないこと
相続人であれば、基本的に誰でもできる「相続放棄」ですが、一定の行為をすると相続放棄ができなくなったり、すでにした相続放棄が無効になったりすることがあります。
まずは、相続放棄をする前やした後にやってはいけない行為と、その理由を整理しておきましょう。
(1)相続財産の処分とは
相続放棄は、相続財産を引き継ぐことを拒否することを意味します。そうであるにもかかわらず、相続財産の「処分」に該当する行為をしてしまうと、それ以降相続放棄ができなくなってしまいます。
相続財産の「処分」に該当する行為をすると、単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号)。
単純承認とは、「通常通り相続して、故人の権利義務を全て引き継ぎます」と認めることです。
そのため、被相続人に債務(借金・ローン・損害賠償債務など)がある場合にはそれも相続し、被相続人の代わりに支払っていくことになります。
相続財産に個人が所有していた車がある場合、相続放棄をする前に車を売ったり、誰かに譲ったり、廃車にしたりしてしまうと、相続財産を「処分」したことになる可能性があるため注意が必要です。
(法定単純承認)
民法921条
第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 (以下省略)
(2)相続財産の隠匿とは
すでに相続放棄した場合であっても、相続財産を「隠匿」すると、単純承認をしたものとみなされます(民法921条3号)。
つまり、すでに受理された相続放棄の効果は否定され、通常通り相続をしたものと扱われてしまうのです。
ここでいう「隠匿」とは、相続財産の全部または一部について、その所在を不明にする行為のことです。所在の不明とは、被相続人の債権者にとっての不明であると考えられています。
したがって、相続放棄が受理された後に、故人の車を売ったり、誰かに譲ったり、廃車にしたりする行為も、相続財産の「隠匿」に該当する可能性があります。
(法定単純承認)
民法921条
第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 (省略)
二 (省略)
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
2. 相続放棄をする人は被相続人の車を処分したらダメ
車は相続財産の対象になります。基本的には、相続した人のみが車の所有者となり、車の管理や廃車の手続きを行うことになります。
そうであるにもかかわらず、故人が所有していた車について次のような行為をすると、相続放棄ができなくなってしまったり、すでに受理されている相続放棄の効果が否定され、原則通り故人の財産を全て相続することになってしまいますので注意しましょう。
- 故人の車を売却する
- 故人の車を誰かに譲る
- 故人の車を廃車処分する
まずは、”相続放棄をする人は被相続人の車を処分したらダメ”という基本を押さえておきましょう。
そうはいっても、現実問題として、そのまま車を放置し続けることが困難であることもあるでしょう。そのようなときにどうすれば良いのか、順を追って説明します。
3. 相続放棄する前にやるべきこと
(1)車の所有者の名義を車検証で確認
まずは、相続放棄をする前に、故人が使用していた車の所有者の名義を確認してください。これが最初にやるべきことです。所有者の名義は「車検証」を確認すればわかります。
車検証には「所有者欄」と「使用者欄」があります。このうち、「所有者欄」を確認してください。所有者欄に記載されている氏名が故人でない場合は、その車の所有者が故人ではないということになります。
故人が使っていた車であっても、所有者が故人ではないというケースは比較的よくあることですので、しっかりと確認するようにしてください。例えば、次のようなケースが散見されます。
- 所有者の名義が故人の家族(夫・妻・父母・子など)になっていた
- 所有者の名義が、故人が経営していた法人になっていた
- ローン支払い中のため、所有者の名義がローン会社やディーラーになっていた
所有権者の名義が故人でないのであれば、そもそもその車は相続の対象になりません。第三者名義の車を勝手に処分してしまえば、刑法上の犯罪も成立し得ますので注意してください。
(2)車の価値を査定してもらう
車検証等を確認して、車が故人の所有物であることが確認できたら、車の価値を調査します。
車の査定は、中古車買取業者や自動車査定協会に依頼して行います。中古車買取業者に依頼する場合、査定金額にばらつきがありますので、可能であればいくつかの会社に査定を依頼してみると良いでしょう。
車に資産価値がない場合にも、査定書など「価値がないことを証明できる書面」を受け取っておきましょう。
相続放棄をする前にここまで進めることができれば、相続放棄をするか否かの判断にも役立ちます。想像以上に高値で売れる見込みがあるのなら、相続放棄をしないという選択になるかもしれません。
4. 相続放棄後に車を処分する方法・手続き
ここからは、相続放棄をした後に、残ってしまった車を処分する方法について解説します。処分方法は車の資産価値によって異なりますので、①車に資産価値がある場合と、②車に資産価値がない場合とに分けて説明します。
(1)車に資産価値がある場合
車に資産価値がある場合、その車を売却・譲渡・廃車してしまうと、相続放棄の効果が否定されてしまうリスクがあります。
相続放棄の効果に影響を与えたくないのであれば、車については何もしないことを徹底した方が良いでしょう。
一方で、相続放棄の時点で車を使用していたなどの事情があり、相続財産を「現に占有」していた者として、車の管理義務(保存義務)を負ってしまうこともあり得ます(民法940条)。
その場合は、相続放棄をした後も、次のいずれかの時点まで、その車を適切に管理し続けなければなりません。
- 他に相続人がいる場合には、その相続人に財産を引き渡すまで
- 他に相続人がいない場合には、相続財産清算人(旧 相続財産管理人)に財産を引き渡すまで
もし、相続人全員が相続放棄をしてしまって他に相続人がいないときは、後者の「相続財産清算人に財産を引き渡すまで」となります。それまでは、車を適切な場所に移動させるなどして、車を滅失・損傷しないよう管理する必要があります。
場合によっては、管理義務から逃れるために、自身で家庭裁判所に対して「相続財産清算人の選任の申立て」を行うことも検討すべきでしょう。そうすることで、駐車場の費用や税金の負担から免れることができます。
相続財産清算人の選任の申立ての手続きや費用については、下記の記事で解説しています。
(2)車に資産価値がない場合
明らかに使い込まれていて値がつかないような車である場合など、車に資産価値がない場合には、そもそもその車は相続財産ではないと考えることができます。
相続財産でないのであれば、車を処分しても相続放棄の効果に影響はありません。
この場合は、誰かに無償で譲渡したり、廃車処分とするのが現実的な選択となるでしょう。
ただし、廃車にする場合でも、自動車税の未納・滞納がある場合は相続人が支払いを行う必要があります。詳しくは後述します。
5. 相続放棄と車の処分に関する注意点
(1)軽自動車やバイクも相続の対象になる
車であれば、その種類や形を問わず相続財産になり得ます。トラックや軽自動車、バイク、原付なども基本的には相続の対象になります。
いずれにしても、所有者の名義の確認と、価値の調査は行うようにしてください。
(2)ローン支払い中の車の処理
繰り返しになりますが、相続放棄をするかどうかにかかわらず、遺産の範囲を明確にするためには、相続開始時点(=被相続人が亡くなった時点)の所有者が誰であるかをしっかりと確認することが重要です。
ローンの支払い途中の車などは、所有権がローン会社やディーラーに残っていることも少なくありませんので注意してください。
所有権がローン会社やディーラーとなっていることを確認したら、所有者に連絡をとり、使用者が死亡したことと、自身は相続放棄をしたことを伝えれば良いでしょう。最終的には、所有者であるローン会社やディーラーに車を引き渡すことになると思います。
なお、所有権がローン会社やディーラーに残っているのであれば、その車を勝手に売却したり廃車にしたりしてはいけません。場合によっては横領罪(刑法252条1項)等の犯罪が成立しますので注意してください。
(3)自動車税等の税金の滞納・未納は、故人のお金で支払わない
故人の車を処分するために、未納・滞納の自動車税を納めることを求められることがあります。その場合は、相続人のお金から支払わなければなりません。
もし、被相続人が遺した現金や預貯金から、未納・滞納した自動車税を支払った場合には、相続財産の処分等に該当し、単純承認したものとみなされる可能性があります。
つまり、相続放棄が認められなくなってしまう可能性があります。
(4)故人の車に乗らない
相続放棄をこれからしようとしている人や、相続放棄をすでにした人は、故人の車には乗らないようにしましょう。
故人が所有していた車に乗り続けること自体、相続放棄をする意思とは矛盾する行為であるため、単純承認をしたものとみなされる可能性があります。
また、万が一交通事故を起こしてしまった場合に、多額の損害賠償責任を負ってしまうリスクもあります。
(5)自動車保険の解約
故人が自動車保険に加入していれば、その契約者が亡くなってしまったことになりますので、保険を解約する必要があります。
この自動車保険の解約手続きは、相続する相続人が保険会社に申し出て進めることになります。
相続放棄をする人や、すでに相続放棄をした人が解約や名義変更の手続きを進める必要はありません。相続放棄をするにもかかわらずこの手続きをしてしまうと、単純承認をしたものとみなされる可能性があります。
つまり、相続放棄が認められなくなってしまう可能性があります。
6. まとめ|遺産相続で困ったら弁護士に相談を
この記事では、「相続放棄をしたら車はどうなるの?」とお困りの方のために、相続放棄と車の処分について解説しました。
故人が使用していた車が遺されている場合、まずはその車の所有者を確認することが先決です。
また、車の資産価値の把握も重要なポイントとなりますので、速やかに信頼できる業者等に査定をしてもらいましょう。
相続放棄の手続きはもちろん、遺産分割、遺留分侵害額の請求など、遺産相続に関してお困りごとがあれば、弁護士に相談することをおすすめします。