相続放棄には3ヶ月の期限(熟慮期間)があります。では、この期間はいつから数えるのが正しいのでしょうか。その起算点について誤解されている方も多くいらっしゃるので、正確な情報をお伝えします。
相続放棄の期限の起算点は「自己のために相続の開始があったことを知った時」
相続放棄の期限(熟慮期間)は、民法915条1項に定められています。その起算点は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
民法915 条1項
この起算点について、「被相続人が死亡した日」と理解されている方もいますが、それは誤りです。
より正確に言えば、結果として「被相続人が死亡した日」が起算点となるケースはあるけれども、そうでないケースもある、ということになります。
起算点が「被相続人が死亡した日」となるケース
例えば、「闘病生活を送っていた父親Aが病院で死亡し、その当日に、相続人である子Bが死亡の知らせを聞いた」というケースです。
この場合、相続人であるBは、相続の開始があったこと(=父親が死亡したこと)を、その当日に知ったことになります。
したがって、「被相続人が死亡した日」=「自己のために相続の開始があったことを知った時」となります。
起算点が「被相続人が死亡した日」とならないケース
(1)被相続人のご遺体の発見が遅れたケース
例えば、「ご高齢で一人暮らしをされていた被相続人が自宅で亡くなったものの誰にも気づかれず、死亡からしばらく経過してからご遺体が発見された。被相続人の死亡については、警察から連絡が来て初めて知った。」というケースです。
このようなケースでは、「警察などからご遺体の発見の通知を受けた日」=「自己のために相続の開始があったことを知った時」となります。被相続人が死亡した日(死亡推定日)が起算点となるわけではありません。
仮にそのように解釈すると、死後3ヶ月以上が経過してからご遺体が発見された場合に相続放棄ができなくなってしまい不合理です。
(2)先順位の法定相続人が相続放棄をしたことで、自分に相続権が移ってきたケース
例えば、被相続人に配偶者A、子B、母親C、弟Dがいたとします。この場合、法定相続人は配偶者Aと子Bとなります。なぜなら、配偶者は常に相続人となり、子Bは第1順位の相続人だからです。
しかし、子Bが相続放棄をすれば、相続人は配偶者Aと母親Cとなります。なぜなら、母親Cが第2順位の相続人だからです。
さらに、母親Cも相続放棄をした場合、相続人は配偶者Aと弟Dとなります。なぜなら、弟Dが第3順位の相続人だからです。
このように、先順位の法定相続人が相続放棄をしたことで、自分に相続権が移ってきたケースでは、「先順位者の相続放棄を知った日」=「自己のために相続の開始があったことを知った時」となります。
上記のケースでいうと、
- 母親Cにとっては、子Bが相続放棄したことを知った日
- 弟Dにとっては、母親Cが相続放棄したことを知った日
が、「自己のために相続の開始があったことを知った時」となるのです。
仮にこのようなケースでも「被相続人が死亡した日」を起算点としてしまうと、先順位の相続人が3ヶ月ギリギリのタイミングで相続放棄をした場合に、後順位の相続人が相続放棄をする期間がなくなってしまいます。流石にそのような不合理な解釈はなされていません。
(3)例外的に起算点をずらすことが認められるケース(裁判例)
次のようなケースで、相続人Aさんは相続放棄をすることができるでしょうか。
- Aさんの父(被相続人)は20年前に死亡した。相続人はAさんと母の2名であった。
- 父の遺産には自宅の不動産があり、父の死後は母が使用していた。
- Aさんは、1ヶ月ほど前、父が生前連帯保証をしていたということで債権者である金融機関から保証債務の履行として約3,000万円の支払いを求められた。
- 主債務者は6ヶ月前に自己破産していた。
- Aさんは、25年前に結婚して家を出て以降、父母の生活状況等をほとんど知らなかった。
- Aさんは、父に負債があることや保証人になっていることは全く知らなかった。
このケースでは、被相続人である父が死亡したのは20年も前のことであり、相続人Aがそのことを知ってから3ヶ月以上は過ぎているので、原則として相続放棄をすることはできません。
ただし、同じようなケースで、最高裁判所(最高裁判所第二小法廷判決昭和59年4月27日)は、次のように判断しています。
・3か月以内に相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、
・かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、
・相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、
熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきである。
しかしながら、この最高裁判所の判断を前提としても、相続人Aさんは相続放棄をすることができません。
なぜなら、相続人Aさんは相続財産(父の自宅不動産)の存在を知っていたため、「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じた」といえませんし、相続財産の一部(父の自宅不動産)の存在を認識した時から3ヶ月以上経過してしまっているからです。
そうだとすれば、Aさんは相続放棄ができず、このまま3,000万円の債務を負うのでしょうか。
同様のケースについて、別の裁判例があります。福岡高等裁判所平成27年2月16日決定では次のように判断されています。
相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、
・自己が取得すべき相続財産がなく、
・通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており
・かつ、そのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合には、
熟慮期間は、相続債務の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきである。
つまり、相続財産の一部の存在を知っていたとしても、相続債務の存在を後日知った場合には、その時が起算点になる可能性を認めているのです。
この裁判例に従えば、先のAさんのケース(ケース1)であっても、相続放棄が認められる可能性が残されています。
極めて例外的なケースではありますが、適切な主張・立証をすることで、例外的に起算点を後ろにずらせることもあるのです。
相続放棄の期間の伸長の申立て
起算点については把握できたものの、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内に相続放棄をすることが難しい場合は諦めるしかないのでしょうか。
そのような場合は、相続放棄の期間の伸長の申立てをすることで、相続放棄できるかもしれません。
相続放棄の期間の伸長は民法に規定されている手続きの一つで、家庭裁判所が認めた場合に限り、熟慮期間の延長が認められます(民法915条1項但書き)。
期間の伸長が認められた場合には、3ヶ月〜6ヶ月程度の熟慮期間の延長が認められます。つまり、3ヶ月の伸長が認められれば、本来の熟慮期間3ヶ月+3ヶ月で、合計6ヶ月の猶予期間が与えられることになります。
どのようなケースで期間の伸長が認められるのか、また、手続きはどのように行うのかという点については、下記の記事で詳しく解説しています。
疑問がある時は弁護士に相談を
この記事で解説したように、相続放棄の熟慮期間の起算点について単に「被相続人が死亡した日から数える」と覚えるのは誤りです。
正しく理解していないと、本来相続放棄できたはずなのにその機会を逃してしまい、多額の債務を負ってしまうこともあり得ます。
「自分のケースで熟慮期間の起算点がいつになるのかわからない」「私は相続放棄できるの?」とお悩みの方は、できるだけ早く弁護士に相談することをおすすめします。