生前贈与を受けても相続放棄できる?制度の悪用はリスクあり!

元弁護士

山内 英一

生前贈与を受け取っていても相続放棄はできる? 相続放棄に関するコラム

故人から生前贈与を受けていた人でも相続放棄をすることはできるのでしょうか。また、相続人が得をするために、生前贈与と相続放棄を利用することは許されるのでしょうか。

結論として、生前贈与を受けた人も相続放棄をすることができます。しかし、ケースによっては生前贈与が取り消されたり、相続税が発生することがあるので注意が必要です。

この記事では、相続放棄と生前贈与について、専門家監修のもとわかりやすく解説していきます。

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1. 相続放棄とは

相続放棄の効果

相続放棄とは、本来相続人となる人が、被相続人(亡くなった方)の権利義務の承継を拒否する意思表示のことをいいます。

相続放棄をすると、プラスの財産(預貯金や土地建物など)もマイナスの財産(借金・ローン・損害賠償債務など)も一切相続引き継ぐことはできません。

相続放棄をするには、相続があったことを知った日から3か月以内に、管轄の家庭裁判所に対して相続放棄申述書や添付書類(戸籍謄本等)を提出する必要があります。

相続放棄は他の相続人の同意なしに単独で行うことができ、手続きも比較的容易です。

日本国内での利用者はとても多く、相続放棄の年間の受理件数は約26万件にも及びます(令和4年 司法統計年報 3家事編)。

なお、被相続人の生前に相続放棄をすることはできません。

◼️関連記事:相続放棄の受理件数・利用件数は年々増加。放棄の理由の典型は?
◼️関連記事:生前に相続放棄はできる?有効な代替策についても解説

2. 生前贈与とは

生前贈与とは、その名のとおり、存命中に財産を誰かに贈与することです。贈与とは、無償で譲渡することを意味します。

つまり、自分が生きている間に自分の財産を誰かに無償で与える行為が「生前贈与」です。わかりやすい例としては、自分の子供に家をあげたり、お金をあげたりする行為が挙げられます。

生前贈与については、家庭裁判所での手続きは不要です。当事者間の合意によって自由に贈与をすることができます。

3. 生前贈与を受けた場合でも相続放棄はできる

では、生前贈与を受けた人が相続放棄をすることはできるのでしょうか。

結論として、生前贈与と相続放棄は全く別の制度ですから、生前贈与を受けた人も相続放棄をすることができます

一般的な感覚からすれば、「生前贈与を受け取っていながら、死後になって、故人の借金を引き継ぎたくないなどの理由で相続放棄をする」というのは問題があると感じてもおかしくありません。しかし、このようなときも相続放棄はできるのです。

4. 詐害行為取消権により生前贈与の効果が否定されることがある

先に述べたように、生前贈与後も相続放棄をすることはできるのですが、ケースによっては生前贈与が取り消されてしまうこともあるため注意が必要です。

例えば、Aさんに500万円の預金と300万円の債務があったとしましょう。Aさんは、存命中に自分の子供Bに500万円の預金を無償で与え(生前贈与)、Aの死亡後にBが相続放棄をするよう指示しておけば、プラスの財産だけをBに承継させることができてしまいます。

しかし、そのようなことを無制限に認めると、債務者が返済を回避することができてしまいます。債権者は、もし訴訟に勝ったとしても、債務者の名義の財産からしか財産を回収できないためです。

そのような不正行為を防ぐために、民法は「詐害行為取消権」を認めています(民法424条1項)。詐害行為取消権があることで、債務者が不当に財産を処分した場合には、債権者が自らその行為の効力を取り消すことができます。

つまり、上記の例でいう”AからBへの500万円の贈与”を取り消し、被相続人の財産に戻すことができるというわけです。

ただし詐害行為取消権によっても「相続放棄」そのものを取り消すことはできません。債権者としては、適切な主張・立証をおこない、生前贈与を取り消すことになります。

もし生前贈与の取消しが認められれば、贈与の対象となった財産が相続財産に含まれることになります。この場合、相続人としては、「詐害行為取消権によって被相続人に戻された財産」と「借金」の両方を相続放棄するか、両方とも相続するかのどちらかを選択することになるでしょう。

このように、詐害行為取消権により生前贈与の効果が否定されることがあるため、債権回収を逃れる目的で生前贈与を行うことはやめましょう。

5. 生前贈与を受けて相続放棄をすると相続税がかかることがある

生前贈与が詐害行為に該当せず、生前贈与と相続放棄が適切に行われたとしても、税金の問題は別に発生します。

前提として、相続放棄をした場合には原則として相続税は発生しません。相続放棄をしたことで、初めから相続人ではなかったものとして扱われるためです(民法939条)。

ただし、一定の条件のもとでは、相続放棄をしたとしても相続税が発生することがあります。特に、生前贈与を受けてから相続放棄をしたケースでは、相続税がかかる可能性も十分にあるので注意が必要です。

(1)相続開始前3年~7年以内に生前贈与がおこなわれた場合

まず、税金が発生するパターンの一つ目が、相続開始前3年以内に生前贈与が行われたケースです。相続開始前3年以内の生前贈与は、税制上「相続税」の課税対象となります。

また、これまで暦年課税制度における生前贈与加算は相続開始前3年以内の贈与が対象でしたが、2024年1月以降の贈与については、段階的に生前贈与加算の期間が延長されていき、2031年1月1日からは7年間の加算期間に移行される予定です。

このように、2024年以降は課税対象となる生前贈与の期間が延長されていますので、間違えないようにしましょう。

(2)相続時精算課税制度の適用を受けている場合

税金が発生すつパターンの二つ目が、「相続時精算課税制度」を利用しているケースです。

相続時精算課税制度とは、親や祖父母から、子どもや孫に生前贈与をするとき、最大2500万円までの贈与分にかかる贈与税を非課税とする制度です(※)。

そのかわりに、贈与税の支払いしなくて済んだ財産については、相続時に相続税評価をし、相続税が課税されることになります。このことは、たとえ相続放棄をしていても変わりません。

2024年1月以降、特別控除の2500万円とは別に、年110万円までの基礎控除が認められ、年110万円までの贈与なら贈与税がかからず、相続税への足し戻しも不要になります。詳しくは国税庁HP「No.4103 相続時精算課税の選択」をご覧ください。

(3)財産の合計額が基礎控除額を下回っていれば相続税はかからない

相続税には、基礎控除というものがあります。基礎控除とは、相続税の計算をする際に相続財産から差し引くことができる金額のことです。相続財産の合計金額が基礎控除の範囲内に収まるときは、相続税の納税金額は0になります。

基礎控除の金額は、「3000万円+600万円×法定相続人の人数」です。

例えば、法定相続人が3人であれば、基礎控除は3000万円+600万円×3人=4800万円と算出されます。

なお、共同相続人の中に相続放棄をした人がいても、上記の計算式でいう「法定相続人の人数」にカウントします。

したがって、相続人3人中2人が相続放棄をしたとしても、基礎控除額は、3000万円+600万円×3=4800万円のままとなります。

6. 「相続放棄と生前贈与」以外に損失を軽減するための代替手段

被相続人に借金などがある場合、相続人の負担を減らすためには、次のような方法も有効です。

(1)相続放棄と遺贈

相続放棄をした後に遺言書を発見した場合、相続放棄をした人であっても特定遺贈を受け取ることができます。

遺贈とは、遺言によって財産を他人に贈与することです。遺贈にも種類がありますが、「特定遺贈」は、”財産のうちのこれこれを譲る”と具体的に指定して行う遺贈のことをいいます。遺言書の記載から、どの財産を誰に贈るかが明確にわかるのがポイントです。

例えば、遺言書に次のような記載があれば、それは特定遺贈であるといえるでしょう。

特定遺贈の例
  • 現金100万円をAに遺贈する。
  • 〇〇銀行の預金(口座番号:〇〇〇〇〇〇〇〇)をAに遺贈する。
  • 自宅不動産をAに遺贈する。
  • 〇〇証券会社の有価証券をAに遺贈する。


適切な遺言書を作成しておけば、相続人の負担を軽減することができる可能性が高まります。

ただし、遺贈を悪用してしまうと、生前贈与と同じように、詐害行為取消権などを主張される可能性があるので注意が必要です(※)。

例えば、遺言者と相続人との間で、「遺言書には特定遺贈について記載しておくので、遺言者が亡くなったら相続放棄をするように。」と結託しておけば、プラスの財産だけを特定の相続人に承継できそうです。

しかし、そのような行為をして債権者を害してしまえば、結果的に遺贈を受け取ることができなくなってしまう可能性があります。

例えば、被相続人の債権者(お金を貸していた人など)から、訴訟を提起され、次のような理由で遺贈の無効や取消しを主張されることが考えられます。

  • 遺言者との共謀による遺贈は、債権者を害する行為(民法424条等)なので取り消されるべきである。
  • 遺言者との共謀による遺贈は、信義則(民法1条2項)や公序良俗(民法90条)に反するため無効である。

※ 債権者詐害的な遺贈があるときも、遺贈が家族法に基づく行為であることや、他の救済手段が存在することなどを理由に、遺言による処分が詐害行為取消権の対象にはならないとする見解もあります。

(2)生前に被相続人が債務整理をする

そもそも被相続人になる人が多額の借金を負っているのであれば、早めに債務整理(自己破産・個人再生・任意整理)をしておくのも一つの方法です。

債務整理には、自己破産・個人再生・任意整理という大きく3つの方法があります。

債務整理の種類概要
任意整理債権者と交渉して利息をカットしてもらったり、返済期間を変更してもらったりすること
個人再生所有する住宅を残しながら借金の総額を減額してもらえる法的手続き
自己破産裁判所に申立てをして、借金を実質0にしてもらえる法的手続き

債務整理をして生活をリセットしておけば、本人はもちろんのこと、将来相続人となる予定の人たちも余計な心配を抱えずに済むかもしれません。

債務整理の相談については初回無料としている法律事務所も多くありますので、まずは弁護士に相談してみると良いでしょう。

7. 相続放棄の注意点

最後に、相続放棄をする方のために、最低限知っておきたい相続放棄の手続き上の注意点をご紹介します。

(1)相続放棄の手続きには3ヶ月の期限がある

相続放棄の申述は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」にしなければなりません。この期間のことを「熟慮期間(じゅくりょきかん)」といいます。

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

民法915条1項

熟慮期間を過ぎてしまうと、原則として相続放棄をすることができなくなてしまいます。その場合は、単純承認をしたとみなされ、通常通り遺産を相続したものとして扱われてしまいますので注意しましょう(法定単純承認)。

ただし、期限内の手続きが難しいそうであれば「熟慮期間の伸長の申立て」により期間の延長を求めることができたり、相続開始を知ってから3ヶ月以上経過していても、例外的に相続放棄が認められることがあるなどの例外もあります。

3ヶ月以内の手続きが難しそうな場合は、自己判断で諦めてしまうのではなく、弁護士等の専門家に相談してみましょう。

熟慮期間に関して押さえておきたいポイントは下記のとおりです。

熟慮期間のポイントを整理
  • 起算点は「死亡日」ではなく「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。
  • 相続人が複数人いる場合には、熟慮期間は各人別々に進行します。
  • 3ヶ月以内に、家庭裁判所に対して相続放棄申述書を提出する必要があります。
  • 熟慮期間は期間伸長の申立てを行うことで延長してもらえることがあります。
  • 相続開始を知ってから3ヶ月以上経過していても、例外的に相続放棄が認められる場合があります。 

(2)相続放棄は撤回できない

相続放棄の申述が家庭裁判所で受理された後、それを撤回することは認められません(民法919条1項)。熟慮期間がまだ残っていたとしても撤回することはできません。

「相続放棄をしたものの、心変わりしたのでそれを撤回したい」
「相続放棄後に、故人の資産が発見されたので相続放棄を撤回したい」

といった理由で、相続放棄をなかったことにすることはできませんので、慎重に手続きを進める必要があります。

なお、相続放棄の申述をした後、それが受理される前の段階で申立てを取り下げる(中止する)ことは可能です。

また、「撤回」はできませんが、詐欺や強迫などが原因で相続放棄をしてしまったなどの理由がある場合には、相続放棄の「取消し」が可能です。

「撤回」と「取消し」の違いなどは、下記の記事で詳しく解説しています。

(3)必要書類は続柄によって異なる

相続放棄の手続きの必要書類は、故人との関係(続柄)によって異なります。

被相続人と同居していた配偶者や未婚の子が相続放棄をするケースなどは比較的簡単に手続きを進めることができますが、

  • 被相続人の兄弟姉妹が相続放棄をするケース
  • 代襲相続人が相続放棄をするケース
  • 親族が離婚や養子縁組をしているケース

などは、取得する戸籍謄本が大量になることも少なくありません。

それに伴い、手続きの難易度も高くなります。相続放棄の手続き以外にもやるべきことがたくさんある中で書類の準備をするのは意外と大変です。

ご不安な方は戸籍謄本等の収集や家庭裁判所との連絡も含めて弁護士に依頼した方が良いでしょう。

必要書類については下記の記事で詳しく説明しています。

8. まとめ|生前贈与や相続放棄に関する悩みは弁護士に相談を

この記事では、生前贈与と相続放棄について解説しました。最後にポイントをまとめます。

ポイント
  • 生前贈与を受けた人でも相続放棄をすることはできる
  • 生前贈与と相続放棄を悪用すると、詐害行為に該当して生前贈与が取り消されるリスクがある
  • 生前贈与をしている場合は、相続放棄をしても相続税が課税されることがある

この記事をご覧いただいている方の中には、相続に関わる問題に直面している方もいらっしゃると思います。相続放棄に限らず、次のような内容でお困りの方はぜひ弁護士に相談してみてください。

  • 相続放棄をすべきかどうか迷っている
  • 相続放棄の手続きをプロに任せたい
  • 遺産の分割方法で揉めている
  • 遺産分割協議書を作成してほしい
  • 相続時に揉めたいために適切な遺言書を作成してほしい
  • 遺留分侵害額請求をしたいorされた
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