亡くなられた方(被相続人)の借金やローンなどを引き継がなくてよくなる相続放棄ですが、当然ながら“誰もが相続放棄をすべき”というわけではありません。この記事では、「相続放棄した方が良い人」や「相続放棄しない方が良い人」がどのような人なのかや、その理由について解説します。「私は相続放棄すべきなのか?」とお困りの方はぜひご覧ください。
1 相続放棄のメリットとデメリット
相続放棄をすべきかどうか検討するためには、相続放棄メリットとデメリットを確認しておくことが重要です。
(1)相続放棄のメリット
相続放棄をすると、初めから相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。その効果による最大のメリットは、被相続人が負っていた債務(借金やローン、損害賠償債務など)を引き継がなくてよくなるという点です。
また、相続放棄をすることで遺産をどのように分け合うかの話し合い(遺産分割協議)などに参加する必要がなくなったり、特定の相続人に遺産を集中させることがでたりするなどのメリットがあります。
(2)相続放棄のデメリット
相続放棄をすると、被相続人の財産を引き継ぐことができません。借金やローンなどのマイナスの財産を引き継がなくてよくなりますが、預貯金や不動産などのプラスの財産も引き継ぐことはできません。当然ながら、「預貯金は引き継いで、家は引き継がない」といったように、一部の財産を選んで引き継ぐこともできません。
また、相続放棄の手続きには一定の費用や労力がかかります。特に、相続放棄申述書の作成や、戸籍謄本(除籍謄本・改正原戸籍)等を取得する作業は意外と大変です。慣れない作業かもしれませんが、制限期間内(自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内)に正確に行う必要があります。
な相続放棄のメリットとデメリットについては下記の記事でも解説しています。
2 相続放棄した方が良い人
一般的に、次のような方は「相続放棄した方が良い」といえます。先にご紹介した相続放棄のメリットを活かすことができるからです。
(1)被相続人のプラスの財産よりもマイナスの財産の方が多い
可能な範囲で被相続人の財産を調査してみて、プラスの財産よりもマイナスの財産の方が多いようであれば相続放棄を検討すべきです。
相続放棄をしなければ、被相続人の負債をあなたが受け継ぎ、借金等の返済を行わなければならないからです。
また、プラスの財産とマイナスの財産の方が同じくらいであっても、相続に伴う手続きをあれこれと行うのが面倒に感じる方は、相続放棄をしても良いでしょう。
(2)他の相続人や親族と関わりたくない
相続人が複数人いる場合で、相続人間の関係性が良くないなどの事情から、「他の相続人や親族と関わりたくない」と考える方もいらっしゃいます。そのようなときは、相続放棄をすることで、相続人としての地位を自らなくしてしまうもの一つの手です。
特に、遺産をどのように分け合うかの話し合い(遺産分割協議)に参加したくない方は、相続放棄をすることでストレスを大幅に軽減できるでしょう。
(3)被相続人と疎遠・絶縁状態のため相続する気がない
被相続人と長らく疎遠であったり、絶縁状態にあったりして、遺産を引き継ぐことに全く興味がないという方もいらっしゃいます。
そのような方は、相続放棄をして、現在の安定した生活を続ける方が精神的にも良いかもしれません。
実際に弁護士として業務を行ってきた肌感としても、そのような理由で相続放棄をする方は多くいらっしゃいます。
(4)遺産を特定の相続人に集中させたい
相続人が複数人いる場合、遺言書で特に指定がなければ、相続人間で遺産をどのように分け合うか決める必要があります。このとき、特定の相続人に遺産を集中させたいのであれば、他の相続人が相続放棄をすることで解決できることがあります。
確かに、特定の相続人に遺産を集中させる方法としては、相続放棄以外にも「遺産分割協議」という方法があります。相続人全員で「遺産分割協議書」を作成し、相続分を特定の相続人に集中させるよう定める方法です。
しかし、借金などのマイナスの相続財産は、相続人間の遺産分割協議のみで帰属先を決めることはできません。
したがって、”プラスの財産もマイナスの財産も、相続人のうちの一人に全て集中させたい”という場面では、その相続人以外の相続人全員が相続放棄するという方法が有効となります。
3 相続放棄しない方が良い人
反対に、次のような方は相続放棄をしない方が良いでしょう。
(1)被相続人のマイナスの財産よりもプラスの財産の方が多い
被相続人の財産調査をする中で、マイナスの財産よりもプラスの財産の方が明らかに多いようであれば、通常通り相続する(単純承認)方が、経済的なメリットは大きいでしょう。
例えば、被相続人に500万円の借金があったとしても、1000万円相当の不動産を所有しているのであれば、相続することを前提に不動産を売却し、そのお金で500万円の返済をした方が賢明です。
(2)債務を負ってでも引き継ぎたい財産がある場合
被相続人にある程度の負債(借金やローンなど)があったとしても、絶対に引き継ぎたい財産がある場合には、相続放棄をしない方が良いでしょう。
例えば、相続財産として100万円の借金と50万円相当の腕時計があったとします。この場合、相続放棄をして借金も腕時計も手放した方が経済的には得ですが、思い出の品である腕時計をどうしても引き継ぎたいのであれば、あえてそのまま相続してしまうという選択もあり得ます(場合によっては、後ほどご紹介する「限定承認」の利用を検討しても良いでしょう。)
なお、どうしても引き継ぎたいものが「思い出の手紙」「思い出の写真」「着古した衣服」など、一般的にみて財産価値のないものであれば、相続放棄をしても「形見分け」として受け取ることができます。実際に、過去の裁判例をみても、経済的な価値がないようなものであれば取得を認めています。
4 自分が保存義務を負う場合の相続放棄は慎重に検討を
自分が相続放棄をすることで、相続人がいなくなることも珍しくありません。そのような場合、相続放棄をした後も、残された相続財産を管理し続ける責任(保存義務)が生じることがあります。
この保存義務は必ず発生するものでではなく、相続放棄時に「現に占有していた」財産がある人のみに生じますので、保存義務を負わないこともあり得ます。自身が保存義務を負うことになるのか、相続放棄をする前によく考える必要があるでしょう。
特に、相続放棄をすることで相続人が誰もいなくなり、老朽化した建物(空き家)だけが残ってしまうようなケースは注意が必要です。
もし保存義務を負ってしまった場合には、相続財産清算人の選任の申立てを行う必要が出てきます。相続財産清算人とは、引き継ぐ人がいなくなってしまった相続財産を整理し、最終的に国庫に帰属させる手続きを行う人のことです。相続放棄をした後も保存義務を負っていた人は、選任された相続財産清算人に対して財産を引き渡すことで保存義務から解放されます。
相続財産清算人の選任の申立てには多額の費用が必要となることもあるので、相続放棄をすべきかはより慎重に判断すべきです。
5 限定承認の利用を検討するケースも
あまり利用されることのない「限定承認」ですが、次のようなケースでは利用を検討してみても良いでしょう。
(1)被相続人の財産状況がわからず判断に迷う場合
被相続人のプラスの財産やマイナスの財産について、どれくらいあるのかがわからず、見当もつかないということもよくあります。このようなケースでは、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐ「限定承認」の利用を検討しても良いでしょう。
限定承認をしておくことで、「もし被相続人に負債があることが後に発覚したとしても、プラスの財産の範囲内で弁済すればよくなる」という安心感があります。
また、同時に「マイナスの財産しかないと思っていたものの、後からプラスの財産の存在が判明した」という事態にも備えることができます。
ただし、限定承認は、①相続人が複数人いる場合は全員で手続きしなければならない、②相続放棄と比べて手続きがとても複雑というデメリットがあります。それらが理由で、利用件数はあまり多くなく、「それなら相続放棄をすればいいや」と考えるに至る方も少なくありません。
なお、限定承認の利用件数は年間700件程度であるのに対し、相続放棄の利用件数は年間26万件程度と大きな差が見られます(令和4年 司法統計年報 3家事編)。
(2)家宝や美術品等どうしても引き継ぎたい特定の財産がある場合
被相続人の負債が多額であり、相続することは現実的ではないものの、代々受け継がれてきた家宝や美術品など、どうしても引き継ぎたい特定の財産があるようなケースです。
このようなケースで相続放棄をしてしまうと目当ての財産を引き継ぐことはできませんが、限定承認を利用すれば目当ての財産のみ取得できることがあります。
というのも、限定承認の手続きでは、プラスの財産を競売でお金に変えて、そのお金を債務の支払いに充てることがあります。このとき、相続財産の中にどうしても手放したくない財産がある場合には、相続人は鑑定人の定める相当な金額を支払うことによって、特定の財産を優先的に買い取ることができます(民法932条但書き)。これを「先買権」と呼びます。
目当ての財産を無償で引き継ぐのではなく、お金を支払って取得する形にはなりますが、単純承認や相続放棄では実現できない結果を得ることができます。
6 相続放棄をする人は期間制限に注意!
相続放棄や限定承認は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」に行わなければなりません。この期間を「熟慮期間」と呼びます。
熟慮期間を経過してしまうと、原則として相続放棄や限定承認はできなくなってしまいますので、早めの行動を心がけましょう。
7 まとめ
まとめると、被相続人のマイナスの財産がプラスの財産よりも多い方や、他の相続人や親族と関わりたくない方は、相続放棄を検討すべきです。
反対に、被相続人のプラスの財産がマイナスの財産よりも多い方や、どうしても引き継ぎたい特定の財産がある方は、相続放棄以外の方法を検討すべきでしょう。
とはいえ、何が最善の選択であるかは一律に決められるものではなく、個人の考え方や重視したい事項によって異なるものです。
この記事を一つの目安として理解しつつ、「自分が相続放棄をすべきかわからない」「相続放棄の手続きを正確かつ迅速に進める自信がない」など、お困りの場合はできるだけ早く弁護士に相談しましょう。