遺留分の放棄は、相続の中でも特に注意が必要な手続きのひとつです。
遺留分を放棄すると、法律で保障された最低限の相続分を受け取る権利を失いますが、相続放棄とは異なり、法定相続分そのものは影響を受けません。
本記事では遺留分の放棄の意味や相続放棄との違い、具体的な手続き方法やメリット・デメリットについてわかりやすく解説します。
1. 遺留分の放棄とは?
(1)遺留分とは?
遺留分とは、被相続人の配偶者、直系卑属(子ども・孫)、直系尊属(父母・祖父母)に対して法律により保障された最小限の遺産の取得割合です。
これにより、もし遺言によって全財産が特定の人に渡っても、一定の遺産を請求して受け取ることができます。
このとき、自分の遺留分を確保するために行う請求のことを、遺留分侵害額請求(旧 遺留分減殺請求)といいます。
この「遺留分」を放棄するのが「遺留分の放棄」です。遺留分の放棄をすると、以後、遺留分侵害額請求をすることができなくなります。
(2)遺留分も放棄できる
前述のとおり、遺留分は、自らの意思で放棄することができます。遺留分を放棄することで、その相続人は遺留分に基づく請求権(遺留分侵害額請求権)を失います。
なお、遺留分の放棄には
- 相続開始前(被相続人が亡くなる前)にあらかじめ家庭裁判所に申述する方法
- 相続開始後に遺留分侵害額請求をしないことにより事実上放棄する方法
の2つの方法があります。
両者の効果は同じですが、手続きの方法が異なります。
2. 遺留分放棄の手続き方法
遺留分の放棄の手続きは、被相続人の生前に行うか、死亡後に行うかで異なります。
(1)生前の遺留分放棄の手続き
被相続人の生前にあらかじめ遺留分を放棄する場合、相続人は家庭裁判所に「遺留分放棄の申述」を行います。
申述が認められれば、その相続人は遺留分を請求する権利を失います。
遺留分放棄の申述は、被相続人の住所地の家庭裁判所に対し、必要書類を提出する方法により行います。
必要な書類は次のとおりです。
- 申立書
- 被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
※ 同じ書類は1通で足ります。
※ 審理のために必要な場合、追加書類の提出を求められることがあります。
なお、手続きには主に以下の費用がかかります。合計で数千円程度に収まる方が多いでしょう。
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手(申し立てる家庭裁判所により異なるため、事前に連絡して確認する。)
(2)相続発生後の遺留分放棄の手続き
相続発生後に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所への書類の提出は必要ありません。
遺留分侵害額請求を行わないことで実質的な放棄となります。
明確に放棄したい場合は、遺留分を放棄する旨を書面で明確にして伝えたり、遺産分割協議において遺留分を放棄する旨の意思表示をすることが一般的です。
3. 遺留分の放棄と相続放棄の違い
遺留分の放棄と相続放棄は混同されやすいですが、法律的には全く異なる概念です。それぞれの特徴を理解することが重要です。
(1)相続放棄とは?
相続放棄とは、相続人が、亡くなられた方(被相続人)の権利義務の承継を拒否する意思表示のことです。
つまり、相続人としての地位そのものを放棄するもので、相続放棄をすると債務を含むすべての財産の相続から離脱することになります。
相続放棄をするには、自己のために相続が開始したことを知ってから3か月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述書等を提出する必要があります。
相続放棄をすると、その者は最初から相続人ではなかったことになります。
(2)遺留分の放棄と相続放棄の違いを整理【一覧表】
遺留分の放棄と相続放棄の違いを理解しやすいように一覧表にまとめました。
遺留分の放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
放棄する権利 | 遺留分侵害額請求権 | 相続権 |
効果 | 遺留分侵害額請求権を失う | 相続人でなくなる |
相続の可否 | 相続はできる | 相続できない |
遺産分割協議 | 参加する | 参加しない |
借金の相続 | する | しない |
他の相続人への影響 | なし 他の人の遺留分はそのまま | あり 他の人の相続分が増える |
相続発生前の放棄 | 家庭裁判所の許可が必要 | できない |
相続発生後の放棄 | 自由にできる | 家庭裁判所で手続き (3ヶ月以内) |
4. 遺留分放棄のメリット
遺留分放棄には次のようなメリットがあります。
- 相続トラブルを回避できる
- 遺産分割が円滑になる
- 被相続人の意思を尊重しやすくなる
5. 遺留分放棄のデメリット
一方で、遺留分放棄には次のようなデメリットも存在します。
- 法律で保障された最低限の相続分さえ失ってしまう
- 原則として後から撤回できない
6. 遺留分放棄の注意点
遺留分放棄にあたっては、慎重に判断すべきポイントが複数あります。
(1)遺留分放棄の撤回は原則不可
一度遺留分を放棄すると、原則として撤回や取り消しはできません。金銭を請求できる権利を失うというリスクをしっかり理解した上で、放棄するかどうか決めましょう。
(2)財産調査はしっかり行う
遺留分放棄の判断は、被相続人の財産内容を正確に把握したうえで行うことが重要です。財産の過小評価や隠匿があると、思わぬ不利益を被る恐れがあります。
本来であれば、数百万円を取得することができたのに、財産状況を十分に調べないまま放棄してしまった結果、金銭を取得できなくなってしまった、ということがないように注意しましょう。
(3)遺留分を放棄しても法定相続分を相続する権利は残る
遺留分の放棄は、あくまでも「遺留分請求権の放棄」であり、法定相続分に基づく相続権そのものが消えるわけではありません。
つまり、遺留分を放棄したとしても、遺言や贈与がなければ、法定相続分は受け取ることができます。
相続人としての地位自体を放棄したい場合は、遺留分の放棄ではなく、相続放棄をする必要がありますので、間違えないようにしましょう。
7. まとめ|遺産相続で困ったら弁護士に相談を
遺留分の放棄は相続関係をスムーズにする一方で、大切な権利を失うリスクも伴います。
また、遺留分の放棄と相続放棄を混同していると、思わぬ損失が発生してしまうこともあるため注意が必要です。
判断や手続きに迷いがある場合は、相続問題に精通した弁護士に相談し、状況に合った対応策をとりましょう。