認知症の人でも、相続放棄はできるのでしょうか?結論として、認知症の方は基本的に相続放棄をすることはできず、相続放棄をするには成年後見人が必要となります。
ただし、成年後見人と成年被後見人が利益相反の関係にある場合など、相続放棄ができないケースもありますので注意が必要です。この記事では、認知症と相続放棄について詳しく解説します。
1. 相続放棄とは
相続放棄とは、相続人が、亡くなられた方(被相続人)の権利義務の承継を拒否することです。
相続放棄をすると、プラスの財産(預貯金や不動産など)もマイナスの財産(借金やローンなど)も含めた相続財産を一切引き継ぐことができません。
相続放棄をするには、相続があったことを知った日から3か月以内に、管轄の家庭裁判所に対して相続放棄申述書と添付書類(戸籍謄本等)を提出する必要があります。
期間内に手続きを行わず放置した場合には、自動的に相続を認めたものとして扱われてしまう(法定単純承認)ので注意しましょう。
2. 認知症とは
認知症とは、様々な脳の病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたしている状態をいいます。
認知症と混同しやすい状態として、「加齢によるもの忘れ」があります。また、うつやせん妄など、認知症とよく似た状態も様々考えられます。
自分やご家族が「認知症」だと思っていても、実はそうでないこともあり得ますので、まずは医療機関で正確な診断を受けるようにしましょう。
加齢によるもの忘れ | 認知症によるもの忘れ | |
---|---|---|
体験したこと | 一部を忘れる 例:朝ごはんのメニュー | 全てを忘れている 例:朝ごはんを食べたこと自体 |
もの忘れの自覚 | ある | ない(初期には自覚があることも少なくない) |
日常生活への支障 | ない | ある |
症状の進行 | 極めて徐々にしか進行しない | 進行する |
認知症かな?と思ったときの相談先一覧〔開く〕
① かかりつけの医師
② 医療機関の「もの忘れ外来」
・・・「公益社団法人 認知症の人と家族の会 -全国もの忘れ外来一覧-」から検索できます。
③ 東京都認知症疾患医療センター
④ 認知症に関する相談窓口
・・・介護事業所・生活関連情報検索「介護サービス情報公表システム」から市町村等に設置されている認知症に関する相談窓口や、地域包括支援センター等を検索できます。
3. 相続人が認知症の場合の相続手続き
では、相続人が認知症である場合、相続の手続きにはどのような影響があるのでしょうか。
(1)認知症の方は基本的に相続放棄できない
全てのケースが当てはまるわけではありませんが、基本的に認知症の方は相続放棄できないと考えておきましょう。
無理に相続放棄の手続きを進めて、それが家庭裁判所に受理されたとしても、相続放棄が有効であることが確定されるわけではありません。
債権者や他の相続人が異議をとなえ、結果的に相続放棄の効力が否定される可能性があります。
(2)遺産分割協議(相続分の放棄)もできない
また、相続放棄と同様に、遺産分割協議もできないと考えておきましょう。認知症によって意思能力を喪失した相続人が参加した遺産分割協議は無効となるためです。
相続放棄と似たような効果を得るために利用されることがある「何ももらわない」ことを内容とする遺産分割協議(相続分の放棄)もできません。
(3)後見人制度を利用する
認知症などにより、事理を弁識する能力がない状態となってしまっている場合、その人が法律上の行為をするには、成年後見人を選任しなければなりません。
このとき、その認知症となっている人のことを「成年被後見人」、その認知症の人の代わりに法律行為などをする人のことを「成年後見人」と呼びます。
法定後見制度には、障害や認知症の程度に応じて、「補助」「保佐」「後見」の3つの種類(類型)が用意されています。
認知症により法的な手続きや契約などを一人で進めることが難しい方については、「成年後見人」が選任されることになります。
法定後見制度においては、家庭裁判所によって選ばれた成年後見人等が、本人の利益を考えながら、本人を代理して契約などの法律行為をするなどして本人を保護・支援します。
法定後見制度について詳しく知りたい方、厚生労働省が公開している下記のページをご覧ください。
4. 成年後見人の選任について
家庭裁判所では、後見等の開始の審判をすると同時に成年後見人等を選任します。申立て先は、本人の住所地の家庭裁判所です。
(1)成年後見人は誰が決める?
後見開始の申立てにもとづいて、家庭裁判所が後見開始の審判をするとともに、本人にとって最も適任と思われる方を「成年後見人」として選任します。つまり、最終的には家庭裁判所が決めることになります。
(2)誰が成年後見人になる?
具体的には、次のような人が後見人に選任されます。
- 本人の親族
- 親族以外の第三者
- 弁護士などの専門家
- 福祉関係の公益法人
なお、誰を成年後見人に選任するかという家庭裁判所の判断について、不服申立てをすることはできません。
(3)成年後見人の選任は誰が申し立てる?
後見開始の申立てをできるのは、次の方に限られます。
- 本人(後見開始の審判を受ける者)
- 配偶者
- 4親等内の親族
- 未成年後見人、未成年後見監督人
- 保佐人、保佐監督人
- 補助人、補助監督人
- 検察官
※ 任意後見契約が登記されているときは、任意後見受任者、任意後見人及び任意後見監督人も申し立てることができます。
※ 4親等内の親族の範囲は、「後見・保佐・補助開始申立ての手引」の2ページをご覧ください。
(4)共同相続人も成年後見人になれる?
親族も後見人になることはできますので、共同相続人が成年後見人となる余地はあります。ただし、実際上の運用として、共同相続人が成年後見人として選任される可能性は低いでしょう。
なぜなら、成年後見人と成年被後見人(認知症の方)の利害関係が対立し、利益相反となってしまうからです。
5. 成年後見人なら必ず相続放棄の手続きができる?
(1)相続放棄を成年後見人ができないケース
成年後見人であっても相続放棄ができないケースもあります。例えば次のようなケースです。
この事例では、Cは成年後見人としてBの相続放棄をすることができそうです。しかし、Bの相続放棄をすることで自身の遺産の取り分を多くすることができてしまいます。
このようなケースでは、成年後見人であるCと成年被後見人であるBが利益相反関係となるため、Cが後見人として相続放棄することはできません。
このような場合は、
- CがBと同時に相続放棄する
- CがBより先に相続放棄する
- 後見監督人を選任する
- 追加で後見人を選任する
- 特別代理人を選任する
といった方法で問題を解消します。
(2)相続放棄を成年後見人ができるケース
上記のような利益相反関係が生じないのであれば、成年後見人が相続放棄をすることができます。
6. 成年後見人を選任する場合の熟慮期間の数え方
成年後見人を選任して相続放棄をする場合、いつまでに相続放棄の手続きをしなければならないのでしょうか。
(1)相続放棄の期限の基本
まずは、相続放棄の期限の基本的な考え方を知っておきましょう。
相続放棄の期限の原則は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」(民法915条1項)です。この期間のことを「熟慮期間」といいます。
もし被相続人が亡くなったその日に亡くなったことを知った場合、その亡くなった日から数えて3ヶ月以内に一定の手続きをしなければなりません。具体的には、熟慮期間内に、申述書等の必要書類を、家庭裁判所に提出する必要があります。
被相続人がいわゆる孤独死をされた場合など、被相続人が亡くなってから一定の期間が経過してから亡くなったことを知った場合には、死亡日ではなく、「亡くなったことを知った日」から熟慮期間を数えます。
(2)成年被後見人の相続放棄の期限の数え方
では、相続人に成年後見人がついている場合、相続放棄の起算日はいつになるのでしょうか。
結論として、3ヶ月の期間は「後見人が被後見人のために相続が開始したことを知ったとき」から起算されます。
認知症である被後見人が知った日から数えるわけではない点に注意しましょう。
7. まとめ|困ったら弁護士に相談を
この記事では、認知症と相続放棄について詳しく解説しました。
認知症により法的な手続きや契約などを一人で進めることが難しい方は、相続放棄や遺産分割協議を自身ですることができません。
まだ後見人がついていない場合には、速やかに後見開始の申立てを行うなどして問題を解消する必要があります。
後見制度、相続放棄、遺産分割協議などの相続問題についてサポートを得たい場合には、弁護士に相談してみましょう。