本来相続人となる予定だった人が全員相続放棄した場合、残された遺産はどうなるのでしょうか。結論として、遺産は最終的に国庫に帰属することになるのですが、自動的に国庫に帰属するわけではありません。この記事では、全員が相続放棄した後の流れや注意点について詳しく解説します。
1. 相続放棄をした人は初めから相続人ではなかったことになる
相続放棄をするとどうなるのか、まずは基本知識を押さえておきましょう。
相続放棄をすると初めから相続人ではなかったものとして扱われます。したがって、相続放棄をした人は、プラスの財産(預貯金・不動産など)もマイナスの財産(借金・ローン・負債など)も引き継ぐことはありません。
(相続の放棄の効力)
民法939条
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
2. 後順位の相続人に相続権が移っていく
では、同順位の相続人全員が相続放棄をした場合、相続財産(遺産)はどうなるのでしょうか。このような場合も想定して、民法には法定相続人になる優先順位や範囲が定められています。
(1)相続人の範囲とは?
図に示したとおり、配偶者は常に相続人となります。例えば、被相続人の妻Aと子Bがいた場合、相続人は妻Aと子Bの2名です。
もし第1順位の相続人(子や孫)が全員相続放棄した場合には、それらの相続人は初めから相続人とならなかったものとして扱われるため、相続権は第2順位の人たち(親や祖父母)に移ります。
同様に、第2順位の相続人が全員相続放棄した場合には、それらの相続人も初めから相続人とならなかったものとして扱われるため、相続権は第3順位の人たち(兄弟姉妹や甥姪)に移ります。
このように、同順位の相続人全員が相続放棄をすると、後順位の相続人に権利が移っていきます。
なお、相続する財産の配分は次のとおりです。順位が劣後するに連れて、配偶者が取得する割合が多くなります。
組み合わせ | 配偶者 | 第1順位(子や孫) | 第2順位(親・祖父母) | 第3順位(兄弟姉妹・甥姪) |
---|---|---|---|---|
配偶者と子 | 1/2 | 1/2 | ー | ー |
配偶者と父母 | 2/3 | ー | 1/3 | ー |
配偶者と兄弟姉妹 | 3/4 | ー | ー | 1/4 |
配偶者のみ | 全て | ー | ー | ー |
子のみ | ー | 全て | ー | ー |
父母のみ | ー | ー | 全て | ー |
兄弟姉妹のみ | ー | ー | ー | 全て |
(2)相続放棄をしても子どもへの代襲相続は発生しない
ちなみに、代襲相続が発生するのは、本来相続人となるべき地位にある人が①死亡していたとき、②相続欠格により相続する権利を失っているとき、③廃除により相続する権利を失っているときの3つのパターンに限られます。したがって、相続放棄をした場合には代襲相続は発生しません。
例えば、祖父Aさん、Aの子であるBさん、Bの子である孫Cさんの3世代の3名がいたとします。祖父Aさんが亡くなった時点でBさんが生きていれば、Aさんの遺産はBさんが相続するのが原則です。
ここで、Bさんが相続放棄をしたとします。その場合、Bさんは初めから相続人ではなかったことになりますので、Aさんの遺産を相続する権利を失います。
このとき、孫であるCさんは代襲相続人にはなりません。そもそもBさんは”初めから”相続人ではなかったものとして扱われるため、Cさんへの代襲相続は発生しないのです。
3. 全員が相続放棄すると相続財産は最終的に国庫に帰属する
では、第3順位の人たちも全員相続放棄をした場合はどうなるのでしょうか。
本来相続人となり得る人が全員相続放棄をして、後順位の相続人もいない場合は、相続人が不在となります。その結果、引き継がれなかった財産は最終的に国庫に帰属します。つまり、国のものになるのです。
もし財産の中に借金などのマイナスの財産があった場合は、プラスの財産の中から債権者に対して財産を分配し、それでも残った財産は国庫に帰属します。
以上が、全員が相続放棄した場合の大まかな流れとなります。
では、残された相続財産を国庫に帰属させるまでの作業は誰が行うのでしょうか?それは、「相続財産清算人(旧 相続財産管理人)」と呼ばれる人たちです。
4. 相続財産清算人(相続財産管理人)とは
相続人全員が相続放棄をした場合など、相続財産を管理する人が不在になってしまった際、その相続の利害関係者からの申し立てによって、家庭裁判所が「相続財産清算人」を選出します。
(相続財産法人の成立)
第九百五十一条 相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。(相続財産の清算人の選任)
民法951条、952条
第九百五十二条 前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の清算人を選任しなければならない。
2 ・・・(以下省略)
相続放棄をして放っておけば勝手に「相続財産清算人」が選任されるわけではありません。場合によっては、相続放棄をした者が自ら「相続財産清算人選任の申立て」を行う必要もあるでしょう。
その他に申し立てる可能性がある人は、被相続人の債権者や特別縁故者などです。地方公共団体などからの通知を受けて、検察官が申し立てをする場合もあります。
家庭裁判所に選出された相続財産清算人は、被相続人の遺産の管理や清算を任されます。相続財産清算人に資格などは不要ですが、一般的には弁護士などの専門家が選任されます。
なお、令和5年4月1日施行の民法改正によって、従来の「相続財産管理人」は「相続財産清算人」に名称が変更されています。
5. 相続財産清算人の選任の申立て手続き
(1)手続きの流れ
相続財産清算人の選任の申立ては、申立書等の必要書類を家庭裁判所に提出する方法により行います。
書類の提出先は被相続人の最後の住所を管轄する家庭裁判所です。手続きに必要な書類や費用は次のとおりです。
(2)必要書類
- 申立書(裁判所のウェブサイトに書式が用意されています。)
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の父母の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)が死亡している場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の兄弟姉妹が死亡している場合、その兄弟姉妹の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 代襲者としてのおいめいが死亡している場合、そのおい又はめいの死亡の記載がある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
- 財産を証する資料(不動産登記事項証明書(未登記の場合は固定資産評価証明書)、預貯金及び有価証券の残高が分かる書類(通帳写し、残高証明書等)等)
- 利害関係人からの申立ての場合、利害関係を証する資料(戸籍謄本、金銭消費貸借契約書写し等)
- 相続財産清算人の候補者がある場合にはその住民票又は戸籍附票
(3)費用
相続財産清算人選任申立ての際、収入印紙800円と連絡用の郵便切手数千円程度、官報公告料5,057円がかかります。
そのほか、20万円~100万円程度の「予納金」を払わなければならない可能性があります。予納金は、相続財産清算人が財産を管理するのに必要な経費や相続財産清算人の報酬に充てられるお金です。
通常、相続財産清算人への報酬は相続財産から支払われますが、相続財産が少なくて報酬が支払えないと見込まれる場合には申立人が負担することになっています。
予納金が必要となるかどうか、また、必要であるとして具体的にいくらかかるのかは、申し立てを行うまでわかりません。
また、相続財産清算人選任の申立ての手続きを弁護士に依頼する場合には、別途弁護士に支払う報酬(弁護士費用)が必要となります。
6. 全員相続放棄しても空き家や山林の管理義務が残ることも
「相続放棄さえしてしまえば、全ての責任や義務から解放される」と思っている方もいらっしゃいますが、そうとは限りません。
相続人の全員が相続放棄をした場合、相続放棄をした人が相続財産の管理義務(保存義務)を負うことがあります(民法940条)。特に、空き家や山林が残ってしまった場合には注意が必要です。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
民法940条
(1)管理義務(保存義務)を負うのは誰?
2023年4月1日以降に施行された民法940条によれば、相続放棄をした人のうち、放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有していた人に限り管理義務(保存義務)を負うものとされています。
反対にいえば、放棄の時に占有していなかったのであれば管理義務(保存義務)は負いません。
(2)管理義務(保存義務)の内容は?
「管理責任」という言葉もありますが、ここでは管理義務(保存義務)と呼びます。
管理義務の内容については条文に定められていませんが、少なくとも財産を滅失させたり損傷させたりしてはならない義務は負うものと考えましょう。
例えば、相続人全員が相続放棄をした結果、被相続人が所有していた空き家が残ってしまったとしましょう。その空き家の管理義務を負った人は、次のような管理を続けることになります。
上記の内容はあくまでも例であり、状況に応じた行動が必要である点には注意しましょう。
例えば、一定の財産的価値があるにもかかわらず空き家を安易に解体してしまうと、管理の範囲を超えた「処分」と判断されてしまうリスクもあります。
相続放棄後にも残ってしまう管理義務については、下記の記事でも詳しく解説しています。空き家・山林・農地・田畑などが残ってしまいそうな方はぜひお読みください。
(3)いつまで管理義務(保存義務)を負う?
管理義務(保存義務)を負う期間についても条文に示されています。すなわち、
- 他の相続人がいる場合には、他の相続人にその財産を引き渡すまでの間
- 他の相続人がいない場合には、相続財産清算人にその財産を引き渡すまで間
は、管理義務を負い続けることになります。
全ての相続人が相続放棄をしてしまった場合には、「他の相続人」は存在しませんから、相続財産清算人にその財産を引き渡すまで間、管理義務を負うことになるでしょう。
(4)固定資産税を払っていなくても管理義務(保存義務)はある
なお、遺産に不動産(土地・建物)が含まれていた場合、相続放棄をすれば所有者ではなくなります。したがって、基本的には固定資産税を支払う必要はありません。
ただし、「所有者ではないものの、管理義務(保存義務)を負っている」という状態になりますので、固定資産税を払っていなくても管理は続ける必要があります。
(5)管理義務(保存義務)から解放されるための手段は?
相続人全員が相続放棄をしたことで相続人となるべき人がいなくなってしまった場合は、先にご紹介した「相続財産清算人の選任の申立て」を行い、選任された相続財産清算人に相続財産を引き渡せば、保存義務から解放されることになります。
7. 全員が相続放棄したら借金などの債務はどうなる?
相続人全員が相続放棄した場合、被相続人が負っていた借金は誰も支払う必要がありません。
「それでは債権者に不利では?」と思うかもしれませんが、一般的に、債権者はそのようなリスクに備えて、担保(保証人や抵当権)を確保しているものです。
もし被相続人の債権者(銀行や消費者金融など)から債務の弁済を求められた場合は、相続放棄をしたことを示す書面(相続放棄申述受理通知書の写しや、相続放棄申述受理証明書)を交付すれば、債権者も納得してくれるでしょう。
一点注意したいのは、相続放棄をした人が被相続人の保証人となっているようなケースです。このようなケースでは、相続放棄をしたとしても保証債務は消滅しませんので、被相続人は保証債務を弁済する義務を負います。
8. 全員が相続放棄したら預貯金などのお金はどうなる?
相続人全員が相続放棄した場合、被相続人が銀行に預けていた預貯金はどうなるのでしょうか。
前提として、相続放棄をした後は、被相続人の預金を引き出すことはできません。もし引き出してしまうと、相続放棄の効果が否定されてしまうリスクがありますので注意してください。
金融機関によって対応は様々ですが、一般的には、被相続人が死亡した旨を伝えた時点で、被相続人の預金口座が凍結されるという運用が多いでしょう。
その後、その預金を払い戻すことがあるとすれば、裁判所から選任された相続財産清算人が遺産の清算を行う場面などに限られるでしょう。