この記事では、「相続放棄をしても遺留分はもらえる?」「相続放棄と遺留分放棄の関係は?」とお困りの方に向けて、相続放棄と遺留分について詳しく解説します。
結論として、相続放棄をすると遺留分をもらうことはできません。また、相続放棄と遺留分の放棄は全く異なるものですので、混同しないよう注意してください。
1. 相続放棄をしても遺留分はもらえる?
まずは、相続放棄をしても遺留分をもらうことができるのかについて解説します。
(1)相続放棄をしたら遺留分はもらえない
相続放棄とは、相続財産を引き継ぐことをを全面的に拒否することを意味します。相続放棄をすると、その遺産相続に関して、初めから相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。
一方、遺留分とは、法定相続人(兄弟姉妹以外)に最低限保障された遺産取得分です。簡単に言えば、もし遺言書等があっても「最低これだけは遺産を取得できる」と主張できる割合のことです。つまり、遺留分は相続人となることを前提として認められる権利といえます。
そのため、相続放棄をして初めから相続人ではなかったものとみなされてしまえば、遺留分を主張することもできなくなります。
結論として、相続放棄をすれば遺留分はもらえない(=遺留分侵害額請求はできない)ということになります。
(相続の放棄の効力)
民法939条
第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
(2)相続放棄を取消し・無効にできるケース
逆に言えば、すでに受理されてしまった相続放棄が取り消されたり、そもそも無効なのであれば、相続人としての地位があるということになるため、遺留分の主張も認められるでしょう。
相続放棄の取消しが認められる例として、次のようなケースがあります
また、第三者が勝手に相続放棄の手続きを進めてそれが受理されしまったケースや、相続放棄を手続きをした時点で意思能力が無かったケースでは、そもそも相続放棄が無効となります。
ただし、相続放棄の取消しや無効を裁判所に認めてもらうのは簡単ではなく、一定のハードルが存在することは心得ておきましょう。
相続放棄の撤回・取消し・無効については、下記の記事で詳しく解説しています。
2. 遺留分の放棄とは何か
さて、ここまでの解説で、「相続放棄をしたら遺留分はもらえない」ということは理解できたと思います。ここからは、「遺留分の放棄」について説明します。
結論として、「相続放棄」と「遺留分の放棄」は全く別物です。両者を混同しないように注意してください。
(1)遺留分とは
まずは、遺留分について簡単に説明します。
遺留分とは、被相続人の配偶者、直系卑属(子ども・孫)、直系尊属(父母・祖父母)に対して法律により保障された最小限の遺産の取得割合です。
これにより、もし遺言によって全財産が特定の人に渡っても、一定の遺産を請求して受け取ることができます。
このとき、自分の遺留分を確保するために行う請求のことを、遺留分侵害額請求(旧 遺留分減殺請求)といいます。
この「遺留分」を放棄するのが「遺留分の放棄」です。遺留分の放棄をすると、以後、遺留分侵害額請求をすることができなくなります。
なお、被相続人の兄弟姉妹と甥姪は法定相続人に含まれますが、遺留分は認められませんのでご注意ください(民法1042条1項)。
(遺留分の帰属及びその割合)
民法1042条
第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 (以下省略)
(2)遺留分放棄とは
遺留分の放棄とは、遺留分の権利者が、遺留分についての権利を自分から手放すことです。 遺留分の放棄をすると、以後、その人は遺留分侵害額請求をすることができなくなります。
遺留分の放棄を利用すれば、仮に特定の人に全財産を譲るような遺言が遺されたとしても遺留分を主張することができなくなるため、遺産を巡るトラブルを予め抑止することができます。
遺留分の放棄は、被相続人の生前にも、死後にもすることができます。ただし、生前にする場合には、死後にする場合と比べて、手続きが厳格になります。遺留分放棄の手続き方法については、後ほど詳しく説明します。
また、遺留分を放棄しても相続権は失われず、相続人としての地位は残り続けます。そのため、遺留分を放棄しても、例えば遺言書で一定の遺産の分割を指定された場合、その通り遺産を受け取る権利は残ります。また、遺言書がなくても、遺産分割協議に参加して遺産を取得することもできます。
注意すべきは、遺留分をしても相続人としての地位が残っているため、被相続人の債務・負債も相続する点です。債務を引き継ぎたくないのであれば、遺留分の放棄ではなく、相続放棄をする必要があります。
なお、ひとりが遺留分を放棄しても、他の相続人の遺留分が増えるわけではありません(民法1049条2項)。
(3)遺留分放棄と相続放棄の違い
ここまで説明したように、相続放棄と遺留分放棄は全く意味の異なるものです。遺留分放棄と相続放棄の違いをまとめると、次の表のようになります。
遺留分の放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
相続人としての地位 | 残る | 残らない |
被相続人の生前にできるか | できる | できない |
故人の債務を引き継ぐか | 引き継ぐ | 引き継がない |
他の相続人への影響 | 及ぼさない | 及ぼす |
3. 遺留分を放棄する方法・手続き
ここからは、遺留分放棄の手続き方法について詳しく解説します。遺留分の放棄の手続きは、①被相続人の生前に行う場合と、②被相続人の死後に行う場合とで異なりますので、2つの場合に分けて説明します。
(1)被相続人の生前に遺留分を放棄する場合
被相続人が生きている間に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所に申立てを行います。
被相続人が生きている間は、被相続人自身が遺留分権利者に対して遺留分の放棄を迫ったりする危険性があるため、厳格な手続きが要求されるのです。
なお、生前の遺留分放棄は、申立てさえすれば必ず認められるというわけではありません。家庭裁判所による許可を得て初めて遺留分を放棄したことになります。
遺留分放棄の許可の申立ての方法
被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、遺留分権利者本人が、必要書類を提出する方法により申し立てます。
各家庭裁判所の管轄区域は、裁判所のホームページから確認することができます。
遺留分放棄の許可の申立ての必要書類
※ 戸籍謄本等は3か月以内に発行されたものを提出してください。
※ 事案によっては、このほかの資料の提出を求められることがあります。
参照:遺留分放棄の許可
遺留分放棄の許可の申立てにかかる費用
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手(金額と枚数は家庭裁判所に確認する)
- 戸籍謄本等の取得にかかる実費
(2)被相続人の死亡後に遺留分を放棄する場合
死後に遺留分放棄する場合は、家庭裁判所での手続きは不要です。
遺留分権利者が、遺留分を侵害している人に対して「遺留分を請求しません」と意思表示すれば足ります。
意思表示は口頭でも効力がありますが、あとで「言った」「言ってない」とトラブルになる可能性がありますので、念書等を作成するのが効果的です。
なお、遺留分侵害額請求は「相続開始と遺留分を侵害する遺言・贈与を知ってから1年以内」に行わなければなりません(民法1048条)。その期間内に遺留分侵害額請求が行われなければ遺留分を求める権利は自然に消滅します。
そのため、多くのケースでは、被相続人が亡くなった後、遺留分請求者が1年間何もしなければ、遺留分を放棄したのと同じ結果になります。
(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
民法1048条
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
4. 遺留分放棄のメリット
遺留分放棄のメリットは遺産分割を円滑にできることです。
というのも、遺産分割は全ての遺産をきっちりと平等に分けることが常に正解であるとは限りません。
- 事業承継のために財産を一人に集中させる方が良い
- 生前贈与や生命保険の内容・金額に応じて遺産の分配を調整した方がかえって公平になる
など、当事者らが抱える事情に応じた遺産の分配が求められることもあるのです。
そのようなとき、遺留分を放棄しないままであれば偏った遺産の承継が難しくなってしまいますが、遺留分の放棄を利用すれば、より自由度の高い遺産分割を実現できます。
確かに、わざわざ遺留分放棄の手続きをしなくても、生前に相続人らで遺産分割の内容について話し合っておけば遺産分割はスムーズに進むかもしれません。しかし、生前に合意していたとしても、相続が開始すると遺留分を巡るトラブルが発生することもあります。
話し合いの時は相続人全員が納得していたように見えても、いざ相続が始まるとやっぱり遺産が欲しくなる・・・というケースはよくある話なのです。
生前の遺留分放棄には、そのようなトラブルを予め防止しておくという働きがあります。
5. 遺留分放棄の注意点
(1)申立ての理由を説得的に記入する
先に述べたとおり、被相続人が生きている間に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所に申立てを行い、遺留分の放棄を認めてもらわなければなりません。
裁判所に許可をしてもらうためには、説得的な申立書を作成する必要があります。
例えば、下記の点について裁判所が納得できるような申立てをすると良いでしょう。
- 被相続人やその他関係者から強要された遺留分放棄ではなく、申立人の意思で申し立てていること
- 申立人は、遺留分に見合った財産を受け取っているため、遺留分をもらう必要がないこと
- 申立人の生活は安定しており、遺留分放棄をしても困窮する可能性はないこと
(2)遺留分放棄をしても法定相続分を相続する権利は残る
これは、遺留分放棄をする人というよりは、被相続人や他の相続人が注意すべきポイントです。
遺留分を放棄をしても、相続放棄をしなければ相続人としての地位は残りますので、法定相続分を相続する権利は残ったままになります。
ここで意識しておきたいのは、相続における優先順位が、法定相続分<遺言<遺留分の順で高くなるという点です。
もし遺言書がなかった場合は、原則に戻って法定相続分をベースに遺産分割協議を行うことになります。そのため、被相続人の生存中に遺留分放棄をした人が、相続開始後に、遺産分割協議で法定相続分の遺産を求めてくる可能性もあるのです。
このように、被相続人の生前に特定の相続人が遺留分放棄を行う場合、被相続人は遺言書の作成もあわせて行わなければ、意向に沿った遺産分割を実現できなくなってしまうことがあります。
(3)遺留分放棄しても相続放棄をしなければ債務を引き継いでしまう
次は、遺留分放棄をした人が注意すべきポイントです。
「遺留分放棄」と「相続放棄」が全く別物であるということは、すでに解説したとおりです。
その違いの中でも、遺留分を放棄しても相続放棄をしなければ、故人にマイナスの財産(借金・ローン・損害賠償債務など)があった場合に、それらを相続人として引き継いでしまうという点に注意が必要です。
「遺留分を放棄したから、自分は相続とは関係がない」と油断していると、多額の債務を負うという最悪の事態に陥る可能性がありますので、相続放棄をする必要性は改めて確認するようにしてください。
なお、相続放棄は被相続人の生前に行うことはできず、原則として相続開始を知ったときから3ヶ月以内に申述を行う必要があります。
相続放棄の手続きの流れ・手順については下記の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
6. 遺留分を請求するときの手続き・流れ
ここからは、相続放棄も遺留分の放棄もしていない人が、自身の遺留分を満たすための金銭を求めるときの方法や流れについて解説します。
(1)当事者間で話し合う(協議・交渉)
遺言により遺産のほとんどが特定の人に承継されてしまった場合など、自身の遺留分が侵害されたときは、遺産をもらい過ぎている人に対して遺留分侵害額請求をすることになります。
この請求は、話し合い(協議・交渉)で解決しても構いません。話が通じそうな相手であれば、いきなり調停や訴訟を行うよりも、話し合いから進めた方が平和的に解決できることも多いでしょう。
自身で遺留分侵害額の正確な計算ができそうにないときや、自分で交渉を持ちかけるのが不安なときには、代理人として弁護士をつけて話し合いを進めることも可能です。
「弁護士は訴訟(裁判)ばかりやっていそう」といったイメージを持たれている方も多いかもしれませんが、弁護士はこのような”話し合い”の代理人を務めることも多い職業です。
当事者以外の専門家を介入させた方が話し合いが円滑に進むこともありますので、弁護士への依頼も検討してみましょう。
交渉・協議を通じて合意に至ったら、その内容をまとめた合意書を作成・締結し、合意書の内容に従って遺留分侵害額の精算をします。
(2)遺留分侵害額の請求調停
次に考えられるのは、遺留分侵害額の請求調停です。
調停は家庭裁判所で行う話し合いのようなもので、裁判のような厳格な手続きではありません。
調停手続では、有識者から選出された調停委員と呼ばれる第三者が間に入り、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらったりして、解決案を提示したり、解決のために必要な助言をしたりして話合いを進めていきます。
調停は、何らかの事情で当事者間での話合いができない場合や、当事者間で話合いをしたものの解決する見込みがない場合などに利用することが多い手続きです。
調停においては、調停委員に対して遺留分侵害額請求の根拠を示して、自分の請求が正当であることを理解してもらわなければなりません。
自分でやるのが不安な方は、代理人として弁護士をつけて、適切な証拠資料や説明資料をしっかりと準備した上で調停を申し立てましょう。
参考:遺留分侵害額の請求調停
(3)遺留分侵害額請求訴訟
遺留分侵害額の請求調停が不成立となっても、訴訟を提起して引き続き争うことができます。
訴訟は、いわゆる「裁判」をイメージしてもらうとわかりやすいでしょう。
遺留分侵害額請求訴訟については調停前置主義が採用されているため、原則として、調停を経ずに訴訟を提起することができません(家事事件手続法257条1項、244条)。
遺留分侵害額請求訴訟を提起する先は、相手方の住所地のほか、義務履行地(請求者の住所地)を管轄する地方裁判所または簡易裁判所です(民事訴訟法4条1項、5条1号)。基本的には、原告となる自分の住所地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所に訴訟を提起することになるでしょう。
なお、提起すべき裁判所が地方裁判所か簡易裁判所かは、請求額に応じて変わりますので注意しましょう。なお、調停と異なり、家庭裁判所の管轄ではない点にご注意ください。
- 請求額が140万円を超える場合は、地方裁判所に提起する
- 請求額が140万円以下の場合は、地方裁判所にも簡易裁判所にも訴訟を提起できる
訴訟は、調停と比べてとても厳格な手続きです。遺留分侵害額請求権の存在や金額などを、請求者の側が証拠に基づいて証明しなければなりません。
当事者に対する尋問がおこなわれるケースもあるため、専門知識や経験を踏まえた準備が必要となります。
一般の方が自身で訴訟を行うことは通常困難ですので、弁護士に依頼して手続きを進めましょう。
7. まとめ|困ったら弁護士に相談を
この記事では、相続放棄と遺留分の関係について詳しく解説しました。
最後に、ポイントをまとめます。
相続放棄や遺留分放棄の手続きをプロに任せいたい方や、遺留分侵害額を請求したい(あるいは、請求された)方は、相続の案件を扱っている弁護士に相談・依頼してみましょう。