「遺産分割協議で相続放棄ができると聞いたけど本当?」と疑問に思われている方のために、遺産分割協議書と相続放棄について詳しく解説します。
結論として、遺産分割協議書では相続放棄はできません。遺産分割協議による「相続分の放棄」と、家庭裁判所での手続きを要する「相続放棄」は、別物ですので注意しまよう。
1. 遺産を相続しない2つの方法
法定相続人が遺産を相続しない方法には、遺産分割協議で「相続分の放棄」をする方法と、家庭裁判所で「相続放棄」をする方法の2種類があります。
「相続分の放棄」と「相続放棄」は、一見似ていますが中身は別物です。それぞれの特徴を踏まえて正しく理解しておきましょう。
2. 遺産分割協議による相続分の放棄
遺産分割協議とは、相続が発生した際に、共同相続人全員で遺産の分割について話し合い、合意することです。遺産分割協議をすれば、法定相続分と異なる割合で相続分を決めることもできます。
相続分の放棄とは、名前の通り相続人が自分の法定相続分を放棄することです。遺産分割協議に参加して「相続しない」と意思表示をすることで相続分の放棄をすることができます。
実際上は、他の相続人と合意の上、遺産分割協議書に署名捺印する方法で行うケースが多いでしょう。
※相続分の放棄を単独行為とする見解につき「東京高裁判決H29年9月13日」を参照
(1)遺産分割協議のメリット
遺産分割協議による相続分の放棄は、相続放棄とは異なり、家庭裁判所での手続きが必要ありません。
相続放棄のような3ヶ月の期間制限もありませんので、比較的ゆとりを持って進めることができます。
(2)遺産分割協議のデメリット
相続放棄とは異なり、遺産分割協議による相続分の放棄をしても相続人としての地位は維持されます。
そのため、相続分の放棄をしただけでは被相続人(亡くなった方)の借金・負債等の返済義務をなくすことはできません。
(3)遺産分割協議書の記載例
遺産分割協議書で相続分を放棄する場合の書き方は、以下のとおりです。相続分放棄のための特別な書き方があるわけではなく、基本的には特定の相続人が取得する遺産をなくす形で作成すれば足ります。
なお、遺産分割協議書には、相続分を放棄した人も含めた相続人全員の署名捺印が必要です。
※上記の遺産分割協議書はあくまでも記載例であり、あらゆる場面で効力を有する保証はありませんのでご注意ください。
※遺産分割協議書の作成には、実印と印鑑証明書が必要となります。
3. 家庭裁判所における相続放棄
相続放棄とは、相続財産の全てを放棄することを指します。相続放棄を行った場合、初めから相続人でなかったものとみなされます(民法939条)。
相続放棄をすると、預貯金や不動産などのプラスの遺産だけでなく、借金・負債などのマイナスの遺産も含めた全ての財産を引き継がないことになります。
相続放棄をするには、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月」以内に、家庭裁判所に対して申述書等の書類を提出しなければなりません(民法915条1項)。
(1)相続放棄のメリット
相続放棄の最大のメリットは、相続財産にマイナスの財産(借金・ローン・負債)がある場合に、それを受け継がなくて良くなる点にあります。
また、初めから相続人ではなかったことになるため、相続放棄をした後は遺産分割協議などに参加する必要もなくなります。相続や他の親族とできるだけ関わりたくない方にとっては、大きなメリットとなるでしょう。
(2)相続放棄のデメリット
家庭裁判所での手続きが必要であり、かつ、手続きに期限がある点はデメリットといえます。
具体的には、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月」以内に、家庭裁判所に対して申述書等の書類を提出する必要があります。
また、自分が相続放棄をすることで後順位の相続人に相続権が移るケースでは、何も伝えずに相続放棄をするとトラブルに発展する可能性があるので注意が必要です。
4. 遺産分割協議書(相続分の放棄)と相続放棄の違い
遺産分割協議における相続分の放棄と、家庭裁判所に申述する相続放棄の違いをまとめたのが次の表です。
相続放棄 | 相続分の放棄 | |
---|---|---|
手続き方法 | 家庭裁判所に相続放棄の申立てを行う | 遺産分割協議で相続分の放棄を主張する |
期限 | 相続の開始を知ってから3ヶ月以内 | なし |
遺産分割協議への参加 | 不要 | 必要 |
自分より後の順位の法定相続人への影響 | ある | ない |
債権者に対して返済義務がないことを主張できるか | できる | できない |
以下、詳しく解説していきます。
(1)手続きの方法
相続放棄は家庭裁判所への申述が必要です。具体的には、必要書類を揃えて、郵送等で家庭裁判所に提出する必要があります。
その申述が受理されて初めて「相続放棄をした」といえます。相続人間で念書や合意書などを取り交わしても、相続放棄をしたことにはなりません。
これに対し、相続分の放棄は他の相続人に対して「相続分を放棄する」と通知する方法により行います。家庭裁判所への申し立ては不要です。
(2)手続きの期限
相続放棄の手続きの期限は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」です。これを「熟慮期間」といいます(民法915条1項)。
熟慮期間内に一定の手続きを行わなければ、原則として相続放棄はできなくなり、通常通り相続したものとみなされます(法定単純承認)。
これに対し、相続分の放棄には期限がありません。遺産分割協議が成立するまでであれば、被相続人の他界からどれだけ時間が経っていても行うことができます。
(3)遺産分割協議への参加の要否
相続放棄は、相続人としての地位そのものを放棄する手続きです。相続放棄をした後は、初めから相続人ではなかったものとして扱われますので(民法939条)、遺産分割協議に参加する必要もありません。
これに対し、相続分の放棄は、相続財産を受け継ぐ権利は放棄できますが、相続人としての地位は残ります。そのため、相続分の放棄をしたとしても、遺産分割協議への参加は必要となります。
(4)自分より後の順位の法定相続人への影響
自分が相続放棄をした結果、同順位の相続人がいなくなると、相続権は後順位の相続人に移ります。
例えば、相続人として、被相続人の妻A・子B・母Cがいるとします。この場合、妻Aと子Bが2分の1ずつ財産を相続します。第一順位の相続人である「子B」がいるため、第二順位の母Cに相続権はありません。
しかし、子Bが相続放棄すると、後順位の相続人である母Cに相続権が移ります。配偶者(妻A)は常に相続人となりますから、妻Aと母Cの2名が相続人となります。このように、相続放棄は、自分より後順位の法定相続人に影響を与えることがあります。
これに対し、相続分の放棄は自分より後順位の法定相続人に影響は与えません。相続分の放棄をしたとしても、相続人としての地位は残っているためです。
(5)債権者に対して返済義務がないことを主張できるか
被相続人が亡くなった後、相続人であるあなたが、債権者(被相続人にお金を貸していた金融機関など)から金銭の支払いを請求されたとします。
このとき、あなたが相続放棄をしたのであれば、債権者に対してお金を支払う必要はありません。債権者には「相続放棄をしたので支払いません。」と伝えておけば良いでしょう。もし「相続放棄申述受理証明書」等の交付を求められたら、その通り交付すれば問題ありません。
これに対し、相続分の放棄をした人は、被相続人の債権者に対抗することができません。つまり、被相続人の債権者にお金を支払う義務があります。
たとえ相続人間で”故人の債務を特定の相続人が全て引き受ける合意”をしたとしても、それは相続人間での取り決めに過ぎず、債権者はそれに従う必要がありません。
この違いは、誤解したままでいると大きな失敗を招くことがありますので、しっかりと確認しておきましょう。
5. 遺産分割協議での相続分の放棄が適しているケース
では、遺産分割協議での相続分の放棄が適しているのはどのようなケースなのでしょうか。
(1)故人に借金などの負債がない
故人に借金などの債務がない場合には、相続分の放棄を選択しても良いでしょう。
より厳密に言えば、被相続人に債務がなく、あえて相続放棄をする必要性もなく、特に資産を取得することを望んでいないようなケースでは、相続分の放棄が適しているといえます。
(2)他の相続人との関係が良好
また、他の相続人との関係が良好で、遺産分割協議等で揉める可能性がないのであれば、あえて相続放棄をする必要性は低いでしょう。
6. 相続放棄が適しているケース
次に、相続放棄が適しているケースを見ていきます。
(1)故人の借金を相続したくない
故人の借金や損害賠償債務などを相続したくない場合は、相続放棄が適しています。
遺産分割協議における相続分の放棄をしたとしても、相続人としての地位は残ってしまい、債権者に対して返済義務がないことを主張できないためです。
(2)他の相続人と関わりたくない
他の相続人との関係が良くない場合、疎遠となっている場合など、相続に極力関わりたくない場合には相続放棄が適しています。
相続放棄をすることで、初めから相続人ではなかったものとして扱われますので(民法939条)、その後は遺産分割協議に参加する必要もありません。
7. 相続放棄の正しい手続きの流れ
ここからは、「相続放棄」をしたい方のために、正しい手続きについて解説していきます。
(1)相続財産を調査する
相続放棄は0か100かの手続きであり、いらない遺産だけを放棄することはできません。そのため、相続放棄をすべきかどうか検討する際には、相続財産全体の金額を把握することが重要となります。
そのために、まずは相続財産の調査を行います。例えば、遺産に土地や建物が含まれている場合には、不動産の登記簿謄本(登記事項証明書)を法務局で取得し、正確な所有者や、担保権の有無などを確認すべきです。また、預貯金については金融機関から「残高証明書」などを取得します。
相続財産の調査方法については、下記の記事で詳しく解説しています。
なお、相続に関わりたくない場合など、相続財産がどうであれ相続放棄をする意思が確定しているのであれば、あえて財産調査を行う必要はありません。
(2)必要書類の収集
相続放棄をするには、被相続人の戸籍謄本(除籍謄本・改正原戸籍)や住民票の除票、相続人本人の戸籍謄本などを取得する必要があります。
戸籍謄本や住民票の除票は、対象者の本籍地がある役所等から取得します。役所等に直接行かなくでも、郵送で取得することができます。市区町村によってはコンビニでの取得も可能です。
必要となる書類の種類は、被相続人と相続放棄をしたい人との続柄によって異なります。必要書類については、下記の記事で詳しく解説しています。
(3)相続放棄申述書の作成
相続放棄申述書の書式(PDF)は、裁判所のウェブサイトからダウンロードすることができます。申述書の書式等は、当サイト相続放棄ナビの「相続放棄に使える書式・記入例・見本一覧」に掲載しています。
相続放棄申述書には800円分の収入印紙を貼付します。収入印紙は郵便局や法務局で購入できます。
相続放棄申述書の具体的な書き方については、下記の記事で詳しく解説しています。
(4)家庭裁判所に書類を提出
手続きに必要な書類の全てを家庭裁判所に提出します。提出方法は、直接持参しても、郵送で送っても問題ありません。
申述書を提出する裁判所は、「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。家庭裁判所の管轄区域は裁判所のウェブサイトから検索できます。
(5)照会書・回答書の返送
裁判所に書類を提出してから約1週間~2週間程度で、家庭裁判所から、相続放棄をしたい方のもとに「照会書(回答書)」が届きます。
「照会書(回答書)」には、申述書に記入をした内容に誤りがないかや、相続放棄の申述は自身の意思に基づくものであるかなどの質問事項が記載されています。
これらの確認に対する回答を、同封されている「回答書」に記載して、期限内に家庭裁判所に返送します。
(6)相続放棄申述受理通知書の受け取り
回答書を返送してから10日前後で、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。この通知書の受領をもって、相続放棄の手続きは完了となります。
手続きを自分で進めるためにより詳しい流れを知りたい方は、下記の記事もご覧ください。
8. まとめ|困ったら弁護士に相談を
この記事では、「遺産分割協議書で相続放棄はできない」ということについて解説しました。遺産分割協議でできるのは「相続分の放棄」であり、相続放棄ではありません。「相続放棄」をしたい場合には家庭裁判所への申立てをする必要があります。
どちらを選択するのが最適であるかは、ケースバイケースです。ご不安な方は弁護士に相談することをおすすめします。相続の案件を扱っている弁護士であれば、遺産分割協議書の作成や、相続放棄の手続きの代理も行なってくれるでしょう。