相続放棄をする前に、亡くなられた方(被相続人)の財産状況を調査することがあります。しかし、財産状況がどうであれ相続放棄をする意思なのであれば、わざわざ財産調査をする必要はありません。この記事では、財産調査が不要な理由や、財産調査をしない場合の相続放棄申述書の具体的な書き方などについて解説します。
1 財産調査とは
財産調査とは、故人が残した遺産(相続財産)がどれくらいあるのか調べることです。相続財産というと預金や不動産、株式や貴金属などの「プラスの財産」をイメージしがちですが、故人が負っていた借金やローン、損害賠償債務などの「マイナスの財産」も相続財産に含まれます。
2 相続放棄は財産調査しなくても受理される
相続放棄をする前に、亡くなられた方(被相続人)の財産状況を調査することがあります。これは、被相続人の財産状況により、相続放棄をするのかしないのかの方針を決めることを主な目的として行うものです。
基本的には、財産調査の結果、プラスの財産(預貯金や不動産など)よりもマイナスの財産(借金やローンなど)が多いのであれば「相続放棄」を選択する人が多いでしょう。
反対に、マイナスの財産よりもプラスの財産の方が多いのであれば「単純承認」(通常通り相続して故人の債権債務を全て引き継ぐこと)を選択する人が多いと思います。
しかし、亡くなられた方(被相続人)の財産状況がどうであれ、相続放棄をする意思に変わりがないのであれば、そもそも財産調査を行う必要はありません。法律上、被相続人の財産調査を行うことは相続放棄をするための要件ではないからです。
例えば、次のような理由で相続放棄をするのであれば、基本的に相続財産を調査する必要はないでしょう。
3 相続放棄申述書の「相続財産の概略」はどう書くの?
相続放棄をするために家庭裁判所に提出する「相続放棄申述書」(裁判所が公開している様式)には、「相続財産の概略」という欄があります。この欄は、被相続人が所有していた土地の面積や、現金・預貯金、有価証券の金額、負債の金額などが記入できるようになっています。
相続財産の調査をしていない方がこの申述書を見ると、「相続財産の概略」はどう書くの?と思ってしまうかもしれません。
結論としては、「不明」などと書いておけば問題ありません。そのような記載で提出しても受理されますし、裁判所から深く追及されることもありません。
4 他の相続人と関わりたくないときの「放棄の理由」の書き方
同じく「相続放棄申述書」(裁判所が公開している様式)の中には、「放棄の理由」を記入する場所があります。
「被相続人と疎遠・絶縁状態であり、相続する気持ちが全くない」「他の相続人や親族と関わりたくない」という理由で相続放棄をする場合、どのように記載すべきか悩んでしまう方もいるでしょう。
そのような場合は、自分の気持ちに近いものを選んでおけば問題ありません。例えば、上記のような理由であれば、「生活が安定している。」を選択すれば良いかと思います。
放棄の理由についても、裁判所から深く追及されたり怒られたりすることはありません。ただし、相続放棄照会書(回答書)において、再度放棄の理由を回答することはあり得ます。その場合は、申述書と同じ回答を選択すれば問題ありません。
5 財産調査をしない場合の注意点
ここまでの説明で、”財産調査は必須ではない”ということが理解できたと思います。
しかし、忘れてはいけない注意点があります。それは、相続放棄が受理された後になって、仮に「実は故人が莫大な資産を持っていた」ということが発覚したとしても、「やっぱり相続放棄はなかったことに・・・」といって、相続放棄を撤回することはできないということです(民法919条1項)。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
民法919条
第919条 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
詐欺や脅迫により相続放棄をしてしまったなど、一定の事由が認められれば相続放棄を取り消すことができますが(民法919条2項)、そもそもそのような状況になることは珍しいですし、そう簡単に認められるものではありません。
このように、財産調査をしなかったことで経済的に得をする機会を逃してしまったとしても、基本的にはどうにもならないということは、注意点として覚えておきましょう。
もし不安であれば、故人の預金口座の残高だけ念の為確認しておく、という程度の財産調査はしておいても良いと思います。弁護士に依頼すれば、相続放棄の手続きと合わせて、ご希望の財産調査を依頼するとも可能です。