相続をすることになり、親の財産状況を調査したところ、親が借金を抱えていたことが判明した・・・なんていう場面は少なくありません。
「借金も全て引き継ぐことになると聞いたけど、どうすれば良いの?」「相続放棄をすれば良いと聞いたけど本当?」とお困りの方もいるのではないでしょうか。
この記事では、相続放棄など、相続時に親の借金が判明した場合にとれる有効な手段について解説します。
結論:相続放棄をすれば借金は引き継がなくてよくなる
結論を簡潔に示すとすれば、借金等の負債を引き継ぎたくないのであれば「相続放棄をすれば良い」ということになります。
ただし、”親に借金があるなら誰にとっても相続放棄が最善の方法である”とは限りませんので、もう少し詳しく解説していきます。
1 民法に定められた3つの相続方法を整理
まずは、前提として、3つの相続方法について知識を簡単に整理しておきましょう。あなたが相続人となった場合、以下の3つ中から相続方法を選択することになります。
相続方法 | 内容 |
---|---|
単純承認 | プラスの財産もマイナスの財産も全て引き継ぐ |
限定承認 | プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐ |
相続放棄 | プラスの財産もマイナスの財産も一切引き継がない |
あなたにとって適切な相続方法を選ぶためには、それぞれの違いについて知っておく必要があります。
(1)単純承認
プラスの財産もマイナスの財産も全て引き継ぐ方法です。通常通り相続する形となります。なお、期限内に限定承認や相続放棄をしなければ自動的に単純承認となります。
(2)限定承認
限定承認は、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐ方法です。相続があったことを知った日から3か月以内に、管轄の家庭裁判所に対し、限定承認申述書や財産目録等を提出します。
特定のケースでは大きな利点のある限定承認ですが、手続きの煩雑さなどが理由で利用者は多くはありません。限定承認の年間の受理件数は700件程度にとどまります(令和4年 司法統計年報 3家事編)。
(3)相続放棄
相続放棄は、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しない方法です。
相続放棄をするためには、自己のために相続があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に対し、相続放棄申述書や戸籍謄本等の必要書類を提出する必要があります。なお、相続放棄は他の相続人との合意なしに単独で行うことができます。
相続放棄は、手続きが比較的容易で、故人の債務を一切引き継がなくて良いという強力なメリットがあることから、利用者が多い点も特徴です。相続放棄の年間の受理件数は約26万件にも及びます(令和4年 司法統計年報 3家事編)。
2 必ずしも相続放棄をすれば良いというわけではない
では、亡くなった親に借金があった場合、上記の3つの方法(単純承認・限定承認・相続放棄)のうちどれを選ぶべきでしょうか?いくつかのパターンに分けて考えてみましょう。
(1)プラスの財産よりマイナスの財産が多い場合
まずは、親がいくらかのプラスの財産(預貯金や現金等)を残していたものの、それを上回る金額のマイナスの財産(借金などの負債)を残していた場合です。
この場合に通常通り相続してしまうと、相続人は経済的には損をしてしまう可能性が高くなります。
したがって、基本的には「相続放棄をすることでプラスの財産もマイナスの財産も一切引き継がない」という選択を検討すると良いでしょう。
(2)マイナスの財産よりプラスの財産が多い場合
先ほどとは反対に、親がいくらかのマイナスの財産(借金などの負債)を残していたものの、それを上回るプラスの財産(預貯金や現金等)も残していた場合です。
この場合に相続放棄をしてしまうと、相続人は経済的には損をしてしまう可能性が高くなります。
したがって、「通常通り相続(単純承認)し、引き継いだプラスの財産の一部を借金の返済に充てる」という選択を検討すると良いでしょう。
(3)親の借金の具体的な金額や財産状況がわからない場合
長い間親と疎遠だった場合など、親の財産状況がほとんどわからないケースも少なくありません。
金融機関からの借金などはある程度調査可能ですが、個人間での貸し借りの金額など調査のしようがないこともあります。
このように、
- 親に借金はあるようだが、具体的な金額がわからない
- 親に借金はあるようだが、プラスの財産の有無がわからない
- 親の財産状況(プラスの財産もマイナスの財産も含む)が見当もつかない
という方も多くいらっしゃいます。
このようなケースでは、リスクを回避するために、相続放棄することも検討すべきでしょう。
ここでいう「リスク」というのは、通常通り相続(単純承認)した後になって、親が多額の借金を抱えていたことが発覚し、あなたがそれを返済しなければならなくなる危険性のことです。
なお、相続財産の中にどうしても引き継ぎたい財産(家宝や美術品等)がある場合など、ケースによっては限定承認を選択した方が良いこともあります。
いずれにしても、相続放棄や限定承認には期限があります。期限を過ぎた後になって、「やっぱり相続放棄(限定承認)する」ということは原則としてできない点に注意が必要です。
3 相続放棄のデメリットは?
親の借金を引き継がなくよくなる相続放棄ですが、メリットばかりではありません。例えば、次のようなデメリットがあります。
(1)プラスの財産も引き継ぐことができなくなる
相続放棄をすると、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続できません。借金等の責任から逃れることができる反面、預貯金などのプラスの財産も引き継ぐことができません。
「預貯金だけ相続して、不動産は相続放棄しよう」というように、一部の相続財産だけ選んで引き継ぐことはできませんので注意しましょう。
(2)手続きを自分で進めるのは大変なこともある
相続放棄の手続きは、専門家に頼らず自分で行っても問題ありません。ただし、手続きを進めるには、申述書を作成したり、戸籍謄本(除籍謄本・改正原戸籍)等の必要書類を正確に読み取ったりするなどの作業が伴います。
特に、ご自身が仕事や育児などで忙しい中で、正確かつ迅速に手続きを進めるのは想像以上に大変なものです。
このように、手続きを自分で進める場合に、一定の時間や労力がかかるのはデメリットの一つといえるでしょう。
(3)他の相続人が相続財産を引き継ぐことになり、トラブルになることがある
相続人が複数人いる場合、あなたが相続放棄をすると、残された他の相続人だけが相続人となります。
また、同順位の相続人が全員相続放棄した場合で、後順位の相続人が存在するのであれば、後順位の相続人に相続権がうつることになります。
つまり、相続財産(借金等のマイナスの財産も含む)を引き継ぐ地位が、他の相続人に移ってしまうことになるのです。
そうであるにも関わらず、他の相続人らに全く説明せずこっそりと相続放棄をしてしまうと、後々親族間でトラブルになってしまうこともあるでしょう。
(4)残された空き家などの管理義務(保存義務)が残ることがある
相続放棄をしたとしても、一定の条件を満たす場合には、残された財産を管理する義務が残ってしまうことがあります。
特に、相続人が自分一人で後順位の相続人もいない場合や、本来相続人となる者の全員が相続放棄をした場合には、残された財産を誰が管理するのか?という問題が生じます。例えば、空き家や山林などが残されたケースなどです。
残された財産を管理する責任(保存義務)があるのに、適切な管理を行わなかった場合には、損害賠償責任を負ってしまうなどのリスクがありますので注意が必要です。
4 デメリットを回避・軽減するための対策
上記のようなデメリットを回避したり、軽減するためには、次のような対策が有効です。
(1)可能な限り財産調査を行う
先に述べたとおり、相続放棄をするとマイナスの財産もプラスの財産も一切引き継ぐことができません。したがって、相続放棄で損をしないためには、相続放棄をする前に、被相続人の財産状況をしっかりと把握しておくことが重要です。
調査するまでもなく借金の方が多い場合や、財産状況がどうであれ相続放棄をする意向であれば財産調査をしなくても問題ありませんが、そうでない方は可能な範囲で調査しておくことをおすすめします。
(2)手続きを弁護士等の専門家に依頼する
ご自身で相続放棄の手続きを進めると、想像以上に時間や労力がかかります。また、知識のない状態で無理に手続きを進めると、相続放棄が却下されるなどの失敗につながる可能性も高まるでしょう。このようなリスクを避けたいのであれば、手続きを弁護士等の専門家に任せてしまった方が良いと思います。
ただし、弁護士に依頼した場合には、弁護士に支払う報酬(弁護士費用等)が発生します。費用の相場等については後ほど詳しく解説します。
(3)他の相続人には事前に説明する
自分以外にも相続人がいる場合や、自分が相続放棄をすることで後順位者が相続人となるような場合は、それらの人に対して「私は相続放棄をする予定である」と事前に伝えておくのが理想的です。
そうすることで、他の相続人は、「自分も相続放棄しようか・・・」と余裕を持って考えることができます。
場合によっては、他の相続人と一緒に相続放棄をしても良いでしょう。そうすることで、重複する必要書類は1通で足りるなどのメリットがあります。また、弁護士に手続きを依頼する場合、複数人分の手続きを同時に依頼することで、弁護士費用を割り引いてくれる法律事務所もあります。
(4)自分が保存義務を負うことになるか事前に調べる
相続放棄をしたとしても、「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している」(民法940条)者については、その財産を相続人又は相続財産清算人に対して引き渡すまでの間、その財産を適切に管理する義務(保存義務)を負います。
自分がこの保存義務を負うことになるかどうか、相続放棄をする前に知っておけば、思わぬ負担を負ってしまう失敗を避けることができるでしょう。保存義務については、下記の記事で詳しく解説しています。
なお、自分が保存義務を負ってしまったケースで、他の相続人がいない、あるいは、他の相続人も全員相続放棄をしたという場合は、相続財産清算人の選任の申立てを行い、相続財産を相続財産清算人に対して引き渡すことで保存義務から解放されます。
5 相続放棄の方法・手順は?
相続放棄の手続きは、次のような流れで進んでいきます。
これらの手続きは自分でやることも可能です。ただし、相続放棄をしたい人と被相続人との続柄や、被相続人の離婚や再婚の有無などの事情によって、必要書類の量や手続きの難易度は大きく変わってきますので、「誰もが簡単にできる」とは言い切れません。
時間や労力がかかる点や、自分で手続きを進めて失敗してしまった場合のリスクを考慮し、「弁護士等の専門家に手続きを依頼した方が安心できる」と感じる方は、専門家に依頼することをおすすめします。
6 弁護士に依頼する場合の費用はいくら?
相続放棄の手続きを弁護士に依頼する場合の費用の相場は、1件あたり5万円〜10万円程度となります。
法律事務所によっては、「残されている熟慮期間が1ヶ月を切っている場合」や「相続発生から3ヶ月以上が経過している場合」には費用が加算されるという費用体系を採用していることもありますので、相談や依頼はできるだけ早くした方が良いでしょう。
また、被相続人が同じである複数人の相続人については、相続放棄の手続きを同時に依頼すると、一人あたりの費用が割引される費用体系を採用している法律事務所もあります。
7 まとめ
相続時に親の借金が発覚した場合、基本的には相続放棄を検討することになります。ただし、この記事で説明したように、借金があっても相続放棄すべきでない場合もある点には注意が必要です。
基本的には、次のような考え方で良いでしょう。
- プラスの財産よりマイナスの財産が多い場合は「相続放棄」を検討
- マイナスの財産よりプラスの財産が多い場合は「単純承認」を検討
- 親の借金の具体的な金額や財産状況がわからない場合は「相続放棄」か「限定承認」を検討
相続放棄の手続き自体は自分でやることも可能ですが、そもそも相続放棄をすべきかどうか不安な方や、失敗するリスクを最小限に抑えたいという方は、弁護士に相談することをおすすめします。