Q. 生前(親などが死亡する前)に相続放棄はできますか?
A. 生前に相続放棄をすることはできません。
1. 被相続人の生前(親などが死亡する前)に相続放棄はできない
「どうせ相続をするつもりがないので、親などの親族が死亡する前に、予め相続放棄をしておきたい」と考える方もいらっしゃいます。
しかしながら、被相続人の生前に相続放棄をすることは法律上認められていません。
もちろん、相続人間で念書のようなものを作成したとしても効力はありません。
そもそも「相続放棄」は、家庭裁判所に対して申述を行い、それが受理されなければ効力がありません。
2 生前(親などが死亡する前)に相続放棄ができない根拠
民法915条1項には、相続人は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に相続放棄をしなければならないと定められています。
「相続の開始」とは、被相続人が死亡した時点を意味しますから、生前に予め相続放棄をすることはできないのです。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
民法915 条1項
3. 生前に相続放棄したい・してもらいたい場合の代替策
ところで、あなたが生前から相続放棄できないか調べているということは、特定の法定相続人に遺産を引き継ぎたくない、あるいは、特定の家族に遺産を集中させたいと考えているからではないでしょうか。
そうだとすれば、残念ながら生前の相続放棄は法律上できませんので、他の方法を考える必要があります。
ここでは、考えうる有効な代替策をご紹介します。
(1)遺言書の作成+遺留分の放棄
最も現実的な代替策は、被相続人となる方に遺言書を作成してもらう方法です。
例えば、法定相続人となる予定のAさんとBさんがいる場合、遺言書の中で、「全ての財産をAさんに相続させる」という趣旨の記載をすれば、Aさんに相続財産を集中させることができます。
ただし、注意点があります。それは、Bさんには遺留分を主張する権利(遺留分侵害額請求権)が残されていることです。被相続人の死後、Bさんが遺留分侵害額請求権を行使した場合、Aさんに移る予定だった遺産の一部を、Bさんに渡さなければなりません。
その対策として、Bさんの気が変わってしまう前に、予めBさんに遺留分の放棄をしてもらう方法が考えられます。
相続放棄とは異なり、遺留分の放棄については民法で認められています。
(遺留分の放棄)
相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
民法1049条1項
民法に記載されているとおり、遺留分の放棄には家庭裁判所の許可が必要です。
家庭裁判所への申立ては、申立書や添付書類を提出する方法により行います。申立てに必要な書類や申立書の記載例は裁判所のウェブサイトで公開されています。
なお、遺留分の放棄をしても、相続人となる権利は残されている点には注意しましょう。
遺留分の放棄だけ行い、遺言書の作成をしなければ、AさんとBさんは、通常通り法定相続分に従って相続することになってしまいます。
遺言書の作成と遺留分の放棄をセットで行うことが重要なポイントとなります。
(2)生前贈与をする
遺産を与えたくない相続人以外の人に、財産を生前贈与しておくという方法もあります。ただし、遺言の場合と同じく、遺留分には注意が必要です。
遺留分侵害額は、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額」(民法1043条)をベースに計算されます。
つまり、被相続人が生前に贈与した財産も計算の基礎に含まれてしまう可能性があるのです。
すべての生前贈与が含まれるわけではなく、一定の制限はあります(民法1044条)が、そのようなリスクがある点は知っておきましょう。
(3)推定相続人の廃除を申し立てる
限定的なケースではありますが、推定相続人の廃除(はいじょ)を申し立てるという方法も考えられます。
推定相続人の廃除とは、被相続人の意思に基づいて、推定相続人(配偶者、子、父母など)の相続権を取り上げる制度のことです(民法892条)。
被相続人に対する虐待、重大な侮辱その他著しい非行を推定相続人が行った場合に、家庭裁判所に申立てを行い、排除が認められればその人は相続権を失います。
(4)相続欠格
相続人の廃除と似ている制度として、「相続欠格」というものもあります。
相続欠格というのは、欠格事由に該当する場合には、当然に相続権が失われる制度のことです。欠格自由には、例えば次のようなものがあります(民法891条)。
- 故意に被相続人や他の相続人を殺したこと
- 被相続人が殺されたことを知っていたのに告発や告訴をしなかったこと
- 詐欺や脅迫によって被相続人が遺言をしたりするのを妨げたこと
- 詐欺や脅迫によって被相続人に遺言をさせたりすること
- 被相続人の遺言書を偽造・破棄・隠匿したこと
これらの事由に該当すれば、その人は遺産を相続することができません。推定相続人の廃除のような申立ては不要です。
仮に、相続欠格者が相続権を主張した場合は、他の相続人が共同で、裁判所に対して、相続人の地位を有しないことの確認を求める訴訟を提起します。
(5)金融資産を生命保険に変更して相続財産を減らす
遺産に含まれる「金融資産」を生命保険に変更して相続財産を減らすことができれば、必然的に遺留分額も減らすことができます。なぜなら、生命保険金は原則として、遺留分の計算の基礎となる相続財産に含まれないとされているからです。
つまり、財産を渡したくない相続人に渡る遺留分を少なくすることができます。
なぜなら、被相続人が死亡した際に支払われる「死亡保険金」は、相続財産ではなく「受取人の固有の財産」となるからです。
例えば、1,000万円を金融資産として持っておくと相続財産となるため、遺留分の計算の対象となります。しかし、その1,000万円を生命保険の掛金にして受取人を特定の相続人にしておけば、相続財産としてカウントされません。つまり、遺留分の計算の対象とならないのです。
ただし、あまりに多額の死亡保険金が一部の相続人だけに支払われるようなケースでは、例外的に遺留分の計算の対象に含まれてしまうこともある点には注意が必要です。
生命保険金(死亡保険金)が相続財産に含まれない理由については、下記の記事でも詳しく解説しています。
4. 正しい方法を確認!死後に相続放棄する際の手続きの流れ
ここからは、相続放棄の正しいやり方について簡潔に説明していきます。
(1)相続財産の調査を行う
まずは、相続財産の有無や具体的な金額を調査します。基本的には、調査の結果、プラスの財産よりもマイナスの財産(借金やローン)の方が多ければ相続放棄を検討することになるでしょう。
反対に、マイナスの財産よりもプラスの財産の方が多ければ通常通り相続することを検討することになると思います。
プラスの財産とマイナスの財産には次のようなものがあります。
もっとも、相続財産の内容に関わらず相続放棄をする意思が確定しているのであれば、あえて相続財産の調査をする必要はありません。
相続財産の調査をすることは、相続放棄が受理されるために必須の条件ではないからです。
各財産の具体的な調査方法については、下記の記事で詳しく解説しています。
(2)戸籍謄本等の必要書類をそろえる
被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本(除籍謄本の場合もあります。)や戸籍の附票、相続放棄をしたい人の戸籍謄本等の書類を集めます。
必要書類の種類は、相続放棄をしたい人と被相続人の続柄によって異なりますので、自身のケースで必要な書類を間違えないようにしましょう。
相続放棄の手続きに必要な書類については、下記の記事で詳しく解説しています。
(3)相続放棄申述書を作成する
相続放棄の手続きで最も重要な書類は「相続放棄申述書」です。
申述書の書式( PDF)は裁判所の公式ウェブサイトで公開されていますので、それをダウンロード・印刷して作成しましょう。
■申述人(相続放棄をする人)が成人の場合の書式・記入例
■申述人(相続放棄をする人)が未成年の場合の書式・記入例
(4)書類を家庭裁判所に提出する
手続きに必要な書類が全て揃ったら、これらの書類を家庭裁判所に提出します。提出方法は、直接持参しても、郵送で送っても問題ありません。
書類を提出する裁判所は、「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」となります。管轄の家庭裁判所は下記のページ(裁判所のウェブサイト)で探すことができます。
(5)家庭裁判所から届く回答書を返送する
裁判所に書類を提出してから約1週間~2週間程度で、家庭裁判所から、相続放棄をしたい方のもとに「照会書(回答書)」が届きます。
「照会書(回答書)」には、申述書に記入をした内容に誤りがないかや、相続放棄の申述は自身の意思に基づくものであるかなどの質問事項が記載されているのが一般的です。
これらの確認に対する回答を、同封されている「回答書」に記載して、家庭裁判所に返送します。
(6)裁判所から受理通知書が届く
回答書の返送から10日ほど経つと、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届きます。
この書類は、相続放棄が認められたことを示す書面です。これで手続きは終了します。
なお、「相続放棄受理証明書」は、「相続放棄申述受理通知書」とは異なる書類です。受理証明書が必要な方は、別途裁判所に申請して取得する必要があります。
5. まとめ|困ったら弁護士に相談を
冒頭で解説したように、生前に相続放棄はできません。しかし、特定の法定相続人に遺産を引き継ぎたくない、あるいは、特定の家族に遺産を集中させたいと考えている場合には、別の方法で対策をとることも可能です。
「相続時に備えてできる限りの準備をしておきたい」「相続放棄の手続きをプロに任せたい」などとお考えの方は、弁護士に相談・依頼することも検討してみてはいかがでしょうか。