故人の配偶者も相続放棄をすることができます。この記事では、配偶者が相続放棄をするとどうなるのか、配偶者が相続放棄をする典型例はどのようなものか、手続きはどのように進めるのかなどについて詳しく解説します。
1. 相続放棄とは
相続放棄とは、相続人が、亡くなられた方(被相続人)の権利義務の承継を拒否する意思表示のことです。
相続放棄をすると、プラスの財産もマイナスの財産も含めた相続財産を一切引き継ぐことができません。
相続放棄をするには、相続があったことを知った日から3か月以内に、家庭裁判所に対して相続放棄申述書と添付書類(戸籍謄本等)を提出する必要があります。
相続放棄に関する一般的な知識は下記の記事にまとめていますのでご覧ください。
2. 相続放棄すると相続権は誰に移る?相続順位を確認
さて、自身が相続放棄をするとどうなるのでしょうか。結論としては、相続放棄した人は最初から相続人ではなかったことになり、後順位者がいる場合にはその人に相続権が移ります。
(1)相続放棄した人は最初から相続人ではなかったことになる
相続放棄をすると、その人は初めから相続人ではなかったものとして扱われます。
初めから相続人ではなかったことになるので、遺産を相続する権利を失います。
(相続の放棄の効力)
民法939条
第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
※ただし、相続税の基礎控除を計算する際は、相続放棄した方も「法定相続人の数」に含めます。
(2)次の相続順位の人に相続権が移る
相続放棄をした人が、初めから相続人ではなかったことになった結果、相続権は次の相続人に移ります。相続人となる優先順位は民法に規定されています。基本的なルールは次のとおりです。
例えば、第一順位の子供全員が相続放棄した場合、相続権は次の順位である父母・祖父母等の直系尊属に移ります。さらに、父母・祖父母等も相続放棄した場合、最終的に相続権を得るのは兄弟姉妹や甥姪となります。
相続人となり得るのは上記の範囲の人に限られます。例えば、被相続人から見た「叔父・叔母」や、「子供の配偶者」などは相続人にはなりません。
また、元々配偶者だったものの、被相続人の死亡時点で離婚している場合、その元配偶者は相続人にはなりません。そもそも相続人ではない以上、相続放棄をする必要もありません。
相続人の組み合わせと取得する相続財産の割合(法定相続分)は次の表のとおりです。
組み合わせ | 配偶者 | 第1順位(子や孫) | 第2順位(親・祖父母) | 第3順位(兄弟姉妹・甥姪) |
---|---|---|---|---|
配偶者と子 | 1/2 | 1/2 | ー | ー |
配偶者と父母 | 2/3 | ー | 1/3 | ー |
配偶者と兄弟姉妹 | 3/4 | ー | ー | 1/4 |
配偶者のみ | 全て | ー | ー | ー |
子のみ | ー | 全て | ー | ー |
父母のみ | ー | ー | 全て | ー |
兄弟姉妹のみ | ー | ー | ー | 全て |
3. 配偶者が相続放棄した場合誰が相続する?
では、被相続人の配偶者が相続放棄をした場合、誰が相続人となるのでしょうか。
(1)配偶者の後順位者はいない
先に述べたとおり、配偶者は「常に相続人となる」というやや特殊な地位にあります。
もし配偶者が相続放棄をしたとしても、配偶者の後順位者は存在しませんので、第一順位〜第三順位の他の相続人が相続をすることになります。
(2)配偶者以外の相続人がいる場合
被相続人の配偶者は相続放棄をしたものの、配偶者以外の相続人が存在する場合には、その相続人が遺産を承継します。
例えば、AさんとBさんの夫婦、夫婦間の子供Cさんの合計3名がいたとします。Aさんが亡くなり、配偶者であるBさんが相続放棄をした場合、相続人はCさんの1名です。
本来配偶者Bさんが取得する予定であった相続分「2分の1」は、Cさんが取得します。つまり、Cさんが遺産の全てを取得します。
もし、Cさんも相続放棄をしたとしても、Aさんの母Dさんが健在であれば、第二順位の相続人として母Dさんに相続権が移ることになります。
(3)配偶者以外の相続人がいない場合
では、被相続人の配偶者が相続放棄をして、配偶者以外の相続人がいない場合はどうなるのでしょうか。例えば、次のようなケースです。
- 被相続人に子供や兄弟姉妹はおらず、被相続人の両親や祖父母はすでに他界している
- 被相続人の子供や兄弟姉妹は健在であるものの、相続人全員が相続放棄をした
配偶者が相続放棄をして、かつ、配偶者以外の相続人もいないとなれば、相続財産は最終的に国庫に帰属します。つまり、国のものになります。
もっとも、相続財産を放置していれば自動的に国のものになるのではなく、国庫に帰属させるまで所定の手続きを踏まなければなりません。具体的には、相続財産清算人の選任を申し立て、相続財産の清算を行なってもらう必要があります。
また、相続放棄をした配偶者が、「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有」していたのであれば、相続放棄をした後も相続財産を管理する義務を負います。管理義務を負う期間は、相続財産清算人に財産を引き渡すまでです。
管理義務については下記の記事で詳しく解説しています。配偶者が相続放棄をし、他の相続人もいなくなってしまうケースに該当しそうな方は、ぜひご覧ください。
4. 配偶者が相続放棄する典型例
被相続人の配偶者が相続放棄をするのはどのような場面なのでしょうか。
(1)負債が多く相続するメリットがない場合
まず、被相続人(亡くなった方)に、多額の借金などがあるケースが挙げられます。預貯金などのプラスの財産の合計金額よりも、借金・ローンなどのマイナスの財産の方が多い場合には、相続放棄を検討すべきでしょう。
(2)遺産を子供らに譲りたい場合
相続人として配偶者と子供がいるケースで、子供に相続財産を集中させたい場合に相続放棄を利用することがあります。
例えば、AさんとBさんの夫婦、夫婦間の子供Cさんの合計3名がいたとします。Aさんが亡くなった場合、法定相続分に従えば、配偶者であるBさんが「2分の1」、子Cさんも「2分の1」を取得することになります。
このとき、いずれBさんが亡くなったときに、BさんからCさんへの相続手続きが再度発生するのだから、初めから全ての財産をCさんに渡しておこうと考える方もいるでしょう。
その手段として、Bさんが相続放棄をし、相続人をCさん1名にするという方法が考えられます。配偶者Bさんが相続放棄をすると、本来Bさんが取得する予定であった相続分「2分の1」は、Cさんが取得します。つまり、Cさんが遺産の全てを取得します。
このように、相続財産の配分をコントロールするために、配偶者が相続放棄をすることもあります。
5. 配偶者が相続放棄する際の必要書類
書類等 | 取得方法等 |
---|---|
相続放棄申述書 | 裁判所のウェブサイトで公開されている書式(PDF)を無料でダウンロードして作成します。 |
被相続人の住民票除票 または戸籍附票 | 住民票除票は被相続人の死亡時の居住地の役所から、戸籍附票は本籍地の役所から取得します。取得には1通数百円の手数料がかかります。 |
申述人(相続放棄をしたい本人)の戸籍謄本 | 申述人の本籍地の役所から取得します。取得には1通数百円の手数料がかかります。 |
収入印紙(800円分) | 収入印紙は郵便局や法務局で購入できます。 相続放棄申述書に貼り付けて使用します。 |
郵便切手 | 郵便切手は郵便局やコンビニで購入できます。 必要枚数や金額は、事前に管轄の家庭裁判所に確認します。 |
被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 | 戸籍謄本は本籍地の役所から取得します。取得には1通数百円の手数料がかかります。 |
「被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本」は、相続放棄する本人の戸籍謄本の中に、被相続人の死亡について記載がある場合は不要です。
多くのケースでは、「申述人(相続放棄をしたい本人)の戸籍謄本」を取得すれば、それが「被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本」を兼ねることになるでしょう。そうなれば、その1通の戸籍のみで収集が終わります。
例えば、Aさんが亡くなり、配偶者であるBさんが相続放棄をするとします。この場合、Bさんの戸籍謄本を取得すると、それは同時にAさんの死亡の記載のある戸籍謄本の取得にもなりますので、1通の取得で足りるというわけです。
なお、故人とすでに離婚している方は、そもそも「配偶者」ではありませんので、相続は発生しません。
6. 配偶者の相続放棄の手続きの流れ
被相続人の配偶者が相続放棄をする場合も、手続きの内容が変わることはありません。通常の相続放棄の手順に従って手続きを進めていきましょう。
(1)相続財産の調査
相続放棄は0か100かの手続きであり、いらない遺産だけを選んで放棄することはできません。したがって、相続放棄をするか否かを決めるために、相続財産全体の金額を把握することが重要となります。
そのために、まずは相続財産の調査を行います。例えば、相続財産に不動産(土地・建物)が含まれている場合には、登記簿謄本(登記事項証明書)を法務局で取得し、正確な所有者や持分、担保権の有無などを確認します。預貯金であれば、金融機関から残高証明書や取引履歴などを取得すると良いでしょう。
ただし、相続財産の調査は、相続放棄が受理されるために必須の行為ではありません。相続財産がどうであれ相続放棄をする意思に変わりがない場合は、相続財産の調査は不要です。
相続財産の調査方法については、下記の記事で詳しく解説しています。
(2)申述に必要な書類を収集
先にご紹介した必要書類を収集します。相続放棄申述書は、取得した戸籍謄本を見ながら記入していくと作成しやすいでしょう。
相続放棄に失敗しないためにも、限られた期間内に、必要書類を正確かつ迅速に収集・作成しなければなりません。
自分でやるのがご不安な方は、手続きの代理を弁護士に依頼することをおすすめします。
(3)3か月以内に家庭裁判所に申述
相続放棄の期限(熟慮期間)は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月です。
この期間内に、相続放棄申述書等の必要書類を家庭裁判所に提出しなければなりません。
必要書類を提出する先は、「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。各家庭裁判所の管轄区域は、裁判所のウェブサイトから検索できます。
(4)回答書の返送
裁判所に書類を提出してから約1週間~2週間で、家庭裁判所から、相続放棄をしたい方のもとに「照会書(回答書)が届きます。
「照会書(回答書)」には、申述書に記入をした内容を改めて確認する質問や、相続放棄の申述は自身の意思に基づくものか確認するための質問等が記載されています。
質問に対する回答を回答書に記入し、返送期限内に家庭裁判所に返送します。
(5)相続放棄申述受理通知書の受領
回答書の返送から10日程度経つと、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届きます。この通知書を受け取って、相続放棄の手続きは終了です。
7. 配偶者でも相続放棄できないケース
配偶者であっても、相続放棄できない(相続放棄をしても債務を免れることができない)ことがある点には注意が必要です。特に、次の2つの債務の有無は事前によく確認しおきましょう。
(1)日常家事債務
日常家事債務とは、衣食費、医療費、教育費、交際費などの家庭生活を営むために日常的に必要な費用や、そのための借金により生じる債務のことをいいます。
この日常家事債務は、夫婦のどちらかが発生させたとしても、夫婦で連帯して責任を負わなければならないという特徴があります。
(日常の家事に関する債務の連帯責任)
民法第761条
第七百六十一条 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。
夫婦で「連帯して責任を負う」とは、簡単にいうと、夫も妻もそれぞれが債務を負うという意味です。したがって、被相続人の配偶者が相続放棄をしても、配偶者自信が負っている責任は回避できませんので、引き続き債務を負うことになります。
例えば、夫Aが公共料金の支払いを滞納したまま亡くなってしまった場合、妻Bは相続放棄をしても、自分の責任として公共料金を支払わなければなりません。
なお、日常家事債務は別居中や離婚調停中でも発生し得ますので注意してください。
(2)配偶者が被相続人の連帯保証人
被相続人が主債務者で、配偶者が連帯保証人であった場合、配偶者は相続放棄をしても保証債務の支払いを回避することはできません。
なぜなら、相続放棄の対象となるのは被相続人が負っていた債務を含む相続財産であるところ、連帯保証債務は相続人が独自に負っている債務であって、相続放棄の対象にはならないからです。相続放棄をしても連帯保証債務は残ってしまうため、配偶者はその債務を引き続き負うことになるのです。
「相続放棄をすれば全ての責任から解放される」と安易に考えてしまわず、改めて自分が独自に負っている債務がないか確認するようにしましょう。
8. 配偶者が相続放棄をしても受け取れるもの
配偶者が相続放棄をしたとしても、次のようなものは相続放棄の対象となっていませんので、受け取ることができます。
反対に、相続財産に含まれるものを誤って受け取ってしまうと、相続財産を処分したものとして、相続放棄ができなくなってしまうので注意してください。
9. まとめ|困ったら弁護士に相談を
この記事では、配偶者が相続放棄した場合にどうなるのか、配偶者が相続放棄をする典型例はどのようなものか、手続きはどのように進めるのかなどについて解説しました。
相続放棄をする際は、相続放棄をした後のことも慎重に検討することが重要です。「自己判断で行動するのは不安」「相続放棄の手続きをプロに任せたい」という方は、弁護士に相談することをおすすめします。